絶望の中にあっても希望を見出す○でも×でもない△の生き方

NEWSポストセブン / 2014年1月22日 7時0分

 東日本大震災から間もなく3年。復興までの道のりはまだまだ遠い。医師で作家の鎌田實氏は、困難な状況であるほど、「正解=○」ではない「別解=△」が絶望を希望に変え、新しい発想や力になると説く。

 * * *
 2011年3月、東日本大震災発生直後から現地と連絡をとり、僕は諏訪中央病院の医師団として、福島県南相馬市に入りました。

 遺体安置所に行くと、40代の女性が遺体に花を手向けている。お話を伺うと、ご両親が亡くなったという。お悔やみを申し上げると、「でも良かったです」と言うのです。

「地震で潰れた家の中で2人一緒でした。バラバラだったらきっと寂しかったでしょう。でも一緒だったから良かった」

 私たち日本人はこれまで、「正解」ばかりを求めて生きてきました。○が幸せで、×が不幸せ。でも、彼女は違った。絶望的な状況の中でも、少しでも良いことを探して絶望に耐えようとしていた。僕は遺体安置所で、大切なことを教わりました。

 被災地ではこんな方にも出会いました。宮城県の南三陸町に住む40代の女性は、地元で会社の社長をしていましたが、震災で会社だけでなく、家も夫も失った。その方がこう言ったんです。

「すべてを失って人生どん底だと思っていましたけど、そこからちょっとでも脱したら、△になるんですね」

 彼女たちの言葉が教えてくれる通り、生きていく上では正解ではなく「別解」という考え方が大切だと思います。正解の○でも、不正解の×でもない、△です。それは、どんな絶望の中にあっても、発想を変えて希望を見出す力につながります。

 今から30数年前、日本は「ウォークマン」という画期的な商品を世に出しました。全世界で3億台以上売ったというのだから凄まじいものです。同じ頃、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」という言葉も流行して日本は絶頂期でした。

 でも、その後の日本は「iPod」も「iPhone」も生み出せなかった。それはなぜか。日本という国が、「成功」に縛られてしまったからだと思います。1つの正解を手に入れ、「技術を高め、いいモノを作れば売れる」と思い込んでそれに固執してしまった。だから「iPod」や「iPhone」という「別解」が出てこない。

 今の日本を覆っている閉塞感は、この例と同根だと感じます。

「空気を読めない」ことを揶揄するKYという言葉が2000年代の終わりに流行ったのも象徴的でした。学校でも職場でも空気を読むことが求められている。「正解」に従えということです。一度大勢が決まると、それに反対しにくい空気が生まれる。

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング