小倉隆史「劇的な展開に驚いた」と国立での名勝負を振り返る

NEWSポストセブン / 2014年2月6日 16時0分

 今年もまた、後世まで語り継がれるであろう名試合が、新年早々、国立競技場で生まれた。第92回全国高校サッカー選手権大会の決勝。星稜対富山第一の試合(1月13日)である。

 この試合は、どちらが勝っても県勢初優勝の北陸対決ということで、戦前より注目を集めていた。

 後半終了間際。2-0と、星稜が優勝まであと一歩という所で、ドラマは始まった。後がなくなり攻勢に出る富山第一は、後半42分に1点を返すと、ロスタイムにPKのチャンスを得る。これをキャプテンの大塚翔が決め、試合は土壇場で延長戦へと突入した。

 そして、延長戦後半9分。PK決着かと思われたその時、富山第一の村井和樹が、劇的な決勝ゴールを沈めたのである。この試合を、元日本代表FWの小倉隆史氏(40)はどう見たのだろうか。

「あんな劇的な展開があるのかと、本当にびっくりしました。でも、あれが選手権の怖さ、面白さなんだと思います。昔は、上位に来る高校は大体決まっていたんですが、今は、地域差が本当に無くなってきましたよね」(以下「」内は全て小倉氏)

 小倉氏自身も、この大会で、ファンの記憶に残る鮮烈なゴールを決めている。

 第70回大会決勝。四日市中央工業対帝京の試合は、同大会で得点王になった松波正信の2ゴールで、2-1と帝京がリード。ピッチに日陰ができ始めた後半37分、小倉氏の執念のダイビングヘッドが決まり同点。結局、延長戦でも決着はつかず、両校優勝という結果になった。

「僕が初めて国立を意識したのは中学2年の時。テレビで見た東海大一と国見の試合(第65回決勝)の、アデミール・サントス選手が決めたバナナシュートが本当にすごかった! それで、ああ、僕も国立でサッカーがやりたいって思いましたね」

 小倉氏らが大会で活躍した1991年は、2年後に開幕するJリーグに参加する10チームが決定した年だった。この大会で活躍し、後にJ戦士となった名選手たちも多くいる。

「僕らの世代でいうと、武南からマリノスにいった上野良治はうまかったですね。彼が1年の時の決勝はいい試合でした」

 天才と呼ばれた上野を擁する武南は、68回大会決勝で、南宇和と対戦している。この試合では、1点をリードされた南宇和が、後半開始直後に立て続けにゴールを決めた。その後、試合終了まで続いた武南の猛攻を、必死に守り切った南宇和が2-1で勝利。四国初の優勝を飾った。

 ラグビー同様、雪の中の名試合もあった。第76回の決勝は、本山雅志を擁する東福岡が、中田浩二のいた帝京を2-1で破り、史上初の3冠(インターハイ、全日本ユース選手権)を達成している。

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