岡田阪神JFK誕生が分岐点か FA人的補償の約6割が救援投手

NEWSポストセブン / 2014年2月14日 16時0分

 今年のプロ野球は、史上最多となる5人もの選手がフリーエージェント(FA)制度の人的補償として移籍する。一岡竜司(巨人→広島)、脇谷亮太(巨人→西武)、中郷大樹(ロッテ→西武)、藤岡好明(ソフトバンク→日本ハム)、鶴岡一成(DeNA→阪神)だ。

 鶴岡はDeNAの正捕手、脇谷もかつて巨人のレギュラーを張った選手。中郷、藤岡は2年連続30試合以上に登板している貴重な中継ぎである。彼らのようなレギュラー級の選手が人的補償として移籍することになった要因には、投手の分業制や、レギュラーと控え野手の差が縮まったことなどが背景として指摘されている。

 今オフでFA人的補償による移籍は20選手となったが、2005年オフからの10年間で実に17選手を数える。かつては人的補償ではなく金銭を受け取る例が多かったが、この10年で人的補償が急激な伸びを見せた要因のひとつとして、あるスポーツライターは2005年にリーグ制覇した阪神の“JFK”とロッテの“YFK”をターニングポイントに挙げる。

「阪神の岡田彰布監督(当時)が生み出したJFK(ジェフ・ウィリアムス、藤川球児、久保田智之)の影響が大きいでしょう。後ろにクローザー級の投手を3枚持ってくることが、2005年の阪神の優勝に大きな影響を与えました。この年、最多勝を獲得した下柳剛(阪神)が規定投球回に達しなかったことからも、いかにJFKの存在が際立っていたかがわかります。

 同じ年、ボビー・バレンタイン監督が率いたロッテも、薮田安彦、藤田宗一、小林雅英の3人で“YFK”と呼ばれる必勝パターンを確立し、日本一に輝いています。

 これ以降、各球団ともリリーフ陣をそれまで以上に重要視するようになった。翌年の横浜は木塚敦志、川村丈夫、加藤武治、マーク・クルーンの4人で“クアトロK”と呼ばれましたし、そうした例は多い。昨年優勝した巨人も、“スコット鉄太朗”(スコット・マシソン、山口鉄也、西村健太朗)という強力な3枚が抑えに控えていました。今では、当たり前になりましたが、FA施行時の20年ほど前には見られなかった戦略です」

“JFK”が生まれた年以降、FAの人的補償選手が増加し始め、そこにリリーフ投手が関わるケースが増えていった。

「2005年オフ以降のFA・人的補償17ケース中10ケースに、救援投手が絡んでいる。たとえば、2005年オフに巨人は豊田清、2010年オフに阪神は小林宏をFAで獲得している。いっぽう人的補償に目を移しても、2006年オフに巨人は吉武真太郎を、2007年オフに中日は岡本真也を、2012年オフに阪神は高宮和也を、オリックスは馬原孝浩を指名している。

 特に、今年は5ケース中4ケースがそれにあてはまっています。DeNAは久保康友を先発要員としてFAで獲得したが、阪神にとってみれば前年のセットアッパーを失うことになりますしね」(同前)

“JFK”の誕生以降のリリーフ陣重視の作戦が、急激な人的補償の増加を生み出しているのかもしれない。

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