「おれなら、ソチは金取れる」 高校生時代の羽生結弦が宣言

NEWSポストセブン / 2014年2月14日 7時0分

 ソチ五輪でのメダル獲得が期待される男子フィギュアスケートの羽生結弦(19才)。今や国民的スターだが、その生い立ちはごくごく普通。宮城県仙台市で、中学校教師の父とパート勤めの母との間に生まれ、野球好きの父とのボール遊びで、毎日外を駆けまわる元気いっぱいの子供だったという。

 4才年上の姉の影響で4才のときにスケートを始めた羽生は、基礎的な技術をあっという間に身につけ、小3になると自宅近くにある「アイスリンク仙台」で本格的な指導を受けるようになる。小4のときには、全日本ノービス選手権(小3~5部門)で初優勝。小6ですでにトリプルアクセルを飛ぶほどの天才児で、そんな彼を家族は一丸となってサポートした。

「フィギュアは、靴や衣装、リンク代など、ものすごくお金がかかるんです。とくに衣装は高くて、1着50万円というのもザラです。羽生家は一般的なサラリーマン家庭なので、そんなにお金の余裕はなく、試合が決まるとお母さんが夜なべして衣装を縫っていたそうです」(近隣の住民)

 父親の収入はほとんど羽生のフィギュアの費用に充てられ、一家は家賃5万円の県営住宅に住んで生活を切り詰めていたという。そんな背景もあってか、謙虚なイメージの強い羽生だが、プライベートでは、“ちょっとキャラが違う”と高校の同級生が語る。

「“おれなら、ソチは金取れる”とか“高橋大輔(27才)や小塚崇彦(24才)には絶対負けない。全盛期の時におれが倒す”とか、かなりのビッグマウスでしたよ(笑い)。体ができてきて、4回転も飛べるようになって…。いよいよ五輪が現実のものになり、自信が満ち溢れてきたんでしょうね」

 そんな羽生の自室はくまのプーさんのぬいぐるみで埋め尽くされており、いつも肌身離さず持ち歩くのは、プーさんのティッシュケース。ケータイはいまだに持っておらず、練習帰りに友達と外食することもなく、いつも母親の手料理をおいしそうに食べるそうだ。

※女性セブン2014年2月27日号

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