羽生結弦が口にした「王者の素質示す言葉」 女性作家の考察

NEWSポストセブン / 2014年2月22日 16時0分

 日本中を魅きつけた19歳の若者の快挙。作家で五感生活研究所代表の山下柚実氏は、その後の言葉に注目した。

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 ソチ五輪フィギュアスケート男子フリー。深夜にも関わらず、瞬間最高23.1%と驚異的な視聴率を記録。金メダルをとった羽生結弦選手の人気は、国内のみならず世界的に爆発しました。たぐいまれなスケートの才能、王子様のような容姿、被災体験と苦悩の日々……。微に入り細をうがち、彼に関する情報が洪水のように流れてきます。

 その大量の情報の中で、何よりも読み取らなければならないこととは何か。メダルを授与された時、羽生選手が発した言葉に注目したい。

 「金をとった。これが、スタートになると思います」

 これまでの努力、ではなくて、今が始まり。どんな意味が隠れているのか。

「選手は勝負に勝ってチャンピオンになった時が終わりではない。始まりです。その後の一生をかけて、チャンピオンにふさわしい人間になっていかなければならないのです」

 オリンピックが始まる数ヶ月前、私は柔道家・山口香さんを取材していました。

 ご存じ、山口香さんは「女三四郎」の異名をとった元世界女王。13才で全日本選抜体重別選手権優勝、その後10連覇。そして羽生選手と同じ19歳の時、世界選手権で優勝し世界を制覇した実績を持つ人。今は筑波大学大学院で教鞭をとり、また後輩たちの育成に力を尽くしています。

「最も努力した人間がチャンピオンになった、とは思いません。スポーツは基本的に理不尽だから。何倍も努力しても負けてしまった人がたくさんいるのです」と山口さんは言いました。

 輝かしきチャンピオンの背後には無数の人がいる。数え切れないほどの努力や執念や思いが蓄積している。

「だから、チャンピオンになれたということは、その運命をいただいたということ。優勝して終わり、ではない。これから一生かけて、チャンピオンにふさわしい人間に近づいていかなければならないということなんです」  (『婦人公論』2013.11.22号)

 取材者の私にとって、この言葉は実に新鮮で、衝撃的でした。チャンピオンの称号を手にした日から、「チャンピオンという人間に近づいていく日々が始まる」というのですから。

 世界王者が言葉を発すれば、誰もが耳を傾けてくれる。だからこそ、自分のためだけでなく、他者のことを考える。何かを恐れて萎縮したり、人の影に隠れてこそこそなんてあり得ない。時には人がやりにくいことにも敢えて挑み、耳が痛いような課題にも正面から向きあう。それが本当の「チャンピオンになる」ということだ、と山口さん。

「金メダリストになれたからこそ、これから復興のためにできることがあるはずです」

 メダル授与後の記者会見で羽生選手がそう語った時、あっ、これこそ山口さんから聞いた「チャンピオン」の素質というものではないかと、私は心を強く揺さぶられたのです。

 オリンピックで勝利を目指す選手たちの努力は素晴らしい。でも、栄冠を手にできたとすれば、それは選手が持っている才能という翼に、さらに風を送りこむ「誰か」他の人たちがいたということ。だから、栄冠を手にしたら、その力を今度は自分以外のものへと循環させていく。戻していく。与えて、与えられ、また与える。

「震災の復興に役立ちたい」という言葉は、そうした「循環」を意味しているのではないか。チャンピオンにふさわしい人間へむかって、羽生選手が力強い一歩を踏み出した証ではないか。

 今回のソチ五輪から私たちが受け取った、輝かしき収穫です。

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