萩本欽一「丁寧な番組作りはいかりや長介から学んだもの」

NEWSポストセブン / 2014年3月5日 16時0分

 この3月に東京・明治座で行われる『欽ちゃん奮闘公演 THE LAST ほめんな ほれんな とめんな』で舞台の世界から身を引くと宣言した“欽ちゃん”こと萩本欽一(72才)。

 バレティー番組の基礎を作ったともいえる欽ちゃんは、1966年にコント55号を結成。その3年後には、1週間のレギュラーの仕事がなんと14本という超売れっ子になった。

 そんな55号のライバルといわれ、視聴率合戦で“土曜8時戦争”とマスコミで取り上げられたのが、いかりや長介さん(享年72)率いるザ・ドリフターズだった。

 1969年、『コント55号の世界は笑う』(フジテレビ系)と、ドリフの『8時だョ!全員集合』(TBS系)は土曜8時の枠で激突。55号は視聴率で差をつけられ、番組は2年で打ち切りになってしまう。当時のことを欽ちゃん本人が振り返る。

「カトちゃん(加藤茶・70才)とは麻雀を一緒にやったり、仲がよかったんです。ドリフは、長さん(いかりや)が何時間もリハーサルをやっていましたが、ぼくたちは番組の掛け持ちで稽古もほとんどしない。これでは『全員集合』に勝てるわけがありませんよ」

 1975年、欽ちゃんは前川清(65才)と『欽ちゃんのドンとやってみよう!』(フジテレビ系)で『全員集合』に再挑戦。その半年後には、視聴率26.3%と25.8%。わずか0.5%の差をつけて『全員集合』を追い抜いた。

「『欽ドン!』での丁寧な番組作りは、実は長さんから学んだものです。その年、『欽ドン!』の人気が認められて、ゴールデンアロー賞を受賞しましたが、心の中で“長さんありがとう!”と叫んでいました」(萩本)

 その後、『欽ドン!』のディレクターや放送作家が同じフジテレビ内で『オレたちひょうきん族』『笑っていいとも!』に移り、欽ちゃんの番組作りの精神は引き継がれることになる。

※女性セブン2014年3月13日号

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