「どれも同じに見える」と言われるスポーツ紙 取材現場が影響

NEWSポストセブン / 2014年3月12日 7時0分

 スポーツ新聞の苦境が続いている。日本新聞協会の調べによれば、2000年に630万7000部あった総発行部数は、昨年には387万3000部にまで激減した。なぜ、スポーツ紙から読者が離れたのか。最も多かったのが、この意見。
 
「どれも見た目が同じで区別がつかない。おまけに中身も、どれを買っても同じでつまらない。昔はもっと個性があった」(60代男性)
 
 この理由は、彼らの「取材現場」にこそある。プロ野球の試合前のバッティング練習。レギュラー選手が快音を響かせるなか、ベンチ前には大勢の記者たちがたむろしている。
 
 記者たちはもちろん、取材のためにそこにいる。しかし彼らは、遠目に練習風景を見つめるだけ。練習の順番が回ってくる選手が、次々とグラウンドに現われるが、軽く挨拶を交わすだけで、何かを聞こうとする雰囲気はない。むしろ、記者同士で談笑している姿のほうが目立つくらいだ。
 
 と、そこへ、ベンチの裏から監督が姿を現わした。
 
「おはようございます!」
 
 記者たちが挨拶し、雰囲気が変わる。
 
「おはよう~」
 
 監督は挨拶に応えながら、記者の間をゆっくりと通ってグラウンドへ出る。しかし、記者はここでも誰も声をかけようとしない。そのまま監督は、バッティングケージ後方に立って、練習を見つめはじめた。
 
 ルール上、今は話を聞いてはいけない時間なのだろうか。そんなことはない。事実、この直後、ある初老の男性が監督に近づいていった。監督と顔見知りのフリーのベテラン記者である。ほどなくして、両者のやりとりが始まった。

 すると、どうだ。先ほどまで微動だにしなかった記者たちが急に動きだし、一斉に近寄ってこの両者の周りを取り囲んだ。人の輪はあっという間に大きくなる。見れば、輪の外側にいる記者は、人の隙間にボイスレコーダーを持った手を差し入れていた。
 
 しばらくして監督が、ベテラン記者との会話を終えて輪を抜けた。すると自然に、今度は場所を移して、記者たちだけが輪になった。中心になって話をする記者の声に耳を傾け、しきりにメモを取っている。その後3分ほど経っただろうか。
 
「ありがとうございます」
 
 記者たちは口々に礼をいい、輪が解け、再びベンチ前に戻っていった――。監督に最初に声をかけたベテラン記者に話を聞いた。
 
「ああ、球場じゃいつもの光景ですよ。彼らスポーツ新聞の記者は、誰かが声をかけるまでは動かない。そのくせ動きがあるとゾロゾロ寄ってきて、その後でああやって“レクチャー集会”をやり、情報を摺り合わせて記事を作る。『合わせ』といわれる作業です。だから同じ記事ばかりになる。この前ある選手が、“明日から3日間、翌日の新聞にどんな記事が載るか当ててあげるよ”といって、本当に当てたことがあった。あれには笑いましたよ」
 
 本来、ライバル同士であるはずの記者たち。そこに“抜きつ、抜かれつ”の取材合戦はないのだろうか。
 
「言いたいことはわかります。でも、ああしないと後の仕事に差し障るんです」
 
 そう語ったのは、ある社の記者だ。匿名を条件に打ち明けた。
 
「『合わせ』は必要不可欠なんです。広いグラウンドを取材していると、取材が行なわれている場に居合わせていないこともある。その時に助けてもらうために、お互いに協力するんです。すでに取材自体が終わっている時は、“チャンシ、いいすか?”と他社の記者に聞く。これは“取材の内容を教えてもらっていいですか”の意で、チャンシは“ごっつぁんです”から来た業界用語です。
 
 スポーツ紙は全紙同じだという指摘があるのは知っています。でも、そうしなきゃ今はやっていけない。色々大変なんですよ」
 
 そういって、記者はため息をついた。
 
※週刊ポスト2014年3月21日号 

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