外国人の視点で「居酒屋」と人間に対する愛情詰め論考した書

NEWSポストセブン / 2014年5月7日 7時0分

【書評】『日本の居酒屋文化 赤提灯の魅力を探る』マイク・モラスキー/光文社新書/780円+税

【評者】鈴木洋史(ノンフィクションライター)

 外国人の視点からエキゾチシズムとして日本の食文化について書いた本がブームだが、本書はそれとは明確に一線を画する。著者はアメリカ人だが、日本居住歴はすでに20年に達し、初来日以来、毎日のようにどこかの暖簾をくぐるインサイダーであり、〈重度の居酒屋愛好家〉〈赤提灯依存症〉である。

 また、銘店やそこが提供する酒肴を紹介した、いわゆる居酒屋本とも趣を異にする。本書には全国の銘店の名が数多く出てくるが、店の紹介が主目的ではない。

 本書は居酒屋を日本文化のひとつと位置づけ、〈居酒屋という〈場〉の社会的な意義や貢献を考えながら、赤提灯や大衆酒場に代表されるローカルで庶民的な呑み屋の魅力をより多面的に考察〉したもの。この一文からもわかるように、著者が好んで通い、日本の呑み屋文化の核心と位置づけるのは地元に根付いた個人経営の赤提灯や大衆酒場だ(以下、そのような店を『居酒屋』と表記する)。

 著者はまず、立ち呑み屋に始まり、大衆酒場、焼き鳥屋、おでん屋、屋台、角打ち、小料理屋、大衆食堂……など、和風の酒場を細かく分類し、それぞれの特徴を記し、細分化されていること自体が日本の呑み屋文化(さらに広く飲食文化)の特徴だとする。そして、『居酒屋』を都市社会学で言う「第三の場(空間)」という概念で捉える。

〈とりたてて行く必要はないが、常連客にとって非常に居心地のよいゆえに行きたくなるような場所〉のことだ。そのような店で、客は肩書を捨てたひとりの人間として存在し、まるで自宅にいるかのように気楽に振る舞うことができる。

 また、そのような店では〈共有〉が多い。カウンターで席を詰め、テーブル席で相席になり、同じ調味料や布巾を使い、別々にきた客同士が会話し、言葉を交わさないまでも店全体の空気を共有する。『居酒屋』ではコの字型のカウンターが多い、というのが著者の観察だ。構造上、全員から他の客が見え、逆に自分の顔も周囲に見られるため、共有意識が生まれやすいのだという。鋭い指摘だ。

 そうした分析を行なった末、著者は『居酒屋』にとってもっとも大事なのは「人」と結論づける。店主、常連客ら生身の「人」によって『居酒屋』という場は成り立っている。逆に、「人」を排除しているのがチェーン居酒屋だ。そこでは店長も従業員も「組織の歯車」で、客はマーケティング対象の「顧客」でしかない。それゆえ『居酒屋』でのひとり呑みと違い、チェーン居酒屋でのそれは孤独そのものである。

 多くの場合、『居酒屋』では、建物も内装も雰囲気もそこにいる人間も昭和を感じさせる。そこには、チェーン居酒屋が演出として表現する「模造品の昭和」とは異なる正真正銘の昭和がある。

 今、そうした店が駅前の大規模再開発によって消滅し、チェーン居酒屋の攻勢に苦戦を強いられている。一方、チェーン居酒屋では、他者との「共有」を拒んだような個室に人気が集まる傾向もあるという。それらは単に居酒屋の問題にとどまらず、日本の社会から、まさに昭和的と言える人間的な温もりや、「共有」に代表される手触りのある人間関係が失われつつあることの象徴なのではないだろうか著者のそうした視点には大いに共感する。『居酒屋』と人間に対する愛情がたっぷり詰まった優れた論考である。  

※SAPIO2014年5月号

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