話題のアドラー心理学者 小保方晴子氏の涙に「思惑感じた」

NEWSポストセブン / 2014年5月6日 16時0分

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自己中心的な子供が増えていると語る岸見氏。その理由は?

「承認欲求を持つな」「自己肯定するな」「子どもはほめても叱ってもダメ」――従来の常識を覆すようなアドラー心理学が、いま、多くの共感を呼んでいる。自己啓発の源流であり、D.カーネギーらに多大な影響を与えてきたアドラー思想の“今日性”とは何か。日本アドラー心理学会認定カウンセラー・顧問であり、アドラー思想を対話形式でまとめたベストセラー『嫌われる勇気』(岸見一郎、古賀史健 著/ダイヤモンド社)の著書である岸見一郎氏に、アドラーのエッセンスを聞いた。

* * *
――アドラーの教えには、一見、驚くようなものがあります。その一つが「普通であれ」です。競争の激しい今日、「個性的であれ」「特別であれ」と言われがちですが、なぜ「普通」なのでしょうか。

岸見:まず、普通であることは、無能であることではありません。アドラー心理学は「普通であることの勇気」を大切にしています。これはつまり「自分を受け入れる勇気」を持つことと同意です。普通であることを受け入れられず、「特別な存在」になろうとする人がいますが、そのために、自らの優越性を誇示することをアドラー心理学では否定します。

――しかし、優越性の追求のために努力するのは、悪いことではないように思います。

岸見:自分自身の優越性の追求、つまり、自分の成長のための努力はよいでしょう。勉強であれスポーツであれ、成果を出すためには一定の努力が必要になりますし、いまの自分よりも前に進もうとすることにはもちろん価値があります。しかし、他人との競争における優越性を追求してばかりいると、「結果」だけを求める人間になりがちです。

 そもそも人生は他人との競争でありません。健全な優越性の追求とは、他者の比較のなかで生まれるのではなく、「理想の自分」との比較から生まれるものなのです。

――では、他人に対して自分の優越性を示したがるような人にはどう対処したらよいのでしょうか。

岸見:アドラーははっきりと、「もしも自慢する人がいるとしたら、それは劣等感を感じているからにすぎない」と指摘しています。立場を利用した威嚇も同様です。部下と話すときに、ことさら声を荒げる上司がいたとします。その人は、怒りを使わないと人の優位に立てないと感じているから怒るのです。そういう上司に対しては、あぁこの人は自信がないんだなと受け止めて、「普通に話してくれませんか」と冷静に言えばよいのです。

――とはいえ感情は、突発的なものではないのでしょうか。

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