「脱原発」嘉田由紀子滋賀県知事 家族の反対で出馬を断念

NEWSポストセブン / 2014年5月17日 7時0分

 7月に行われる滋賀県知事選挙への不出馬を表明した滋賀県知事の嘉田由紀子さん(63才)。記者会見で「若い世代に託したいと思ったのはなぜか」と問われると、嘉田さんは揺れに揺れた胸の内を吐露した。

「立候補するかしないか、最後まで迷いました。知事の仕事は24時間365日気が抜けない。家族の心配や、気力体力が極めて厳しいという自己認識もありました。悩んで、毎晩(空の)ワインボトルがたまりました。家族たちも心配して、『そろそろ辞め時やないか』とも言われた。そういう家族の反対もあって、ひとつの区切りと考えました」

 嘉田さんは1950年、埼玉県の養蚕農家で兄、姉、3人きょうだいの末っ子として生まれた。京都大学農学部に入学し、当時女人禁制だった探検部に入部。京大大学院進学後には、2期上だった探検部リーダーの嘉田良平さん(65才)と学生結婚した。

 2人の息子を出産した後も、嘉田さんは子育てをしながら研究者として活躍を続け、琵琶湖研究所の研究員や京都精華大学教授などを歴任する。このことも影響したのだろう、知事になってから2年たらずの2008年5月に夫婦は離婚。次男が結婚式を終えた数日後のことだった。当時、嘉田さんは離婚理由についてこう説明している。

「2人の子供の独立を機に、互いの人生を悔いのないものにするため。夫には、研究者は政治に足を踏み入れるべきではないとの信念があり、知事選に立候補を決意した時に(離婚を)覚悟していました」

 嘉田さんと親しい滋賀県守山市市議の小川泰江さんは、子供たちとの仲をこう語る。

「嘉田さんのところは、息子さんたちが本当にお母さん思いで、小さな頃から、働く嘉田さんを支えてこられた。息子さんは2人とも京大出身で、今は長男はお医者さん、次男は昆虫学者をしながら嘉田さんの手伝いをしています。

 琵琶湖研究所の研究員時代、嘉田さんは胃の3分の2を摘出したほどの重い胃がんになられたんです。ご長男はその時、高校生で、理学部志望だったんですが、お母さんを自分が医者になって救いたいと医学部志望に変えたほどです」

 そんな母思いで、常に働く母親を応援してきた子供たちが、今回はなぜ嘉田さんの出馬に反対したのだろう。小川さんは、母親を思うゆえ、と理由を語る。

「今回の出馬見送りには、家族の反対が半分以上を占めていたと思います。体の心配が大きいのと、選挙はお金がかかります。嘉田さんは知事1期目の退職金も返上しているうえに、寄付もほとんど受け付けない態勢でやってこられていますから、かなり負担も大きかったと思います。

 もう年が明けた辺りから、ご長男が『もういい加減にしてほしい』と反対されてきた。私たちも残念ですが、仕方ないですよね」

※女性セブン2014年5月29日号

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