【著者に訊け】内田樹 人気シリーズ新作『街場の共同体論』

NEWSポストセブン / 2014年8月13日 7時0分

【著者に訊け】内田樹氏/『街場の共同体論』/潮出版社/1200円+税

 中国論にマンガ論、読書論に憂国論とくれば、共通する枕詞はそう、街場だ。難解な理屈は避け、それでいて人間的叡智の核心に迫る内田樹氏の人気シリーズも、『街場の共同体論』で10作目。家族論、教育論等を広く扱うが、〈言いたいことは簡単と言えば簡単で、「おとなになりましょう」、「常識的に考えましょう」、(中略)「若い人の成長を支援しましょう」といった「当たり前のこと」に帰着します〉

 その当たり前が通じなくなりつつある中、本書では正しい絶望と希望の紡ぎ方を説き、〈僕からの政策的提案は「自分にできること」に限定されています〉と、内田氏は書く。〈足元の瓦礫を片づけるところから、黙って仕事を始めている人がいるはずです〉と。

「街場というのは、最初の『街場の現代思想』(2004年)を連載していた関西の情報誌の江弘毅編集長が命名者。非人称で肉体性を持たない学者目線ではなく、生身の生活者目線の“論”です。一応僕は今年64歳というそれなりに長い個人的経験年数があります。例えば日の丸を正月に飾る家がいつ頃消え、いつから換金性の高い才能だけを才能と呼び始めたかが経験的にわかる。

 その個人的な論は、意外にもしばしばメディアで語られる一般論より射程が広い。その射程で見るとわかることは、〈問題〉とされていることの多くは昨日今日出てきた新しい〈問題〉ではなく、数十年かけて僕たちが出した〈答え〉だということ。

 現在の家族や共同体の〈問題〉なるものは、父権制共同体を数十年かけて僕たちの社会が解体したことの帰結です。率先して担ったのは僕ら団塊世代ですが、父権制共同体の解体は社会の総意。自分たちの手で壊しておいて、今ごろ『なんでこんなことになった』と嘆いても始まらない」

 家族や地域の崩壊、はたまた絆ブームなど、昨今は極端な言説ばかり耳につく。が、共同体について考える時、私たちは個人や世代を超えて〈パス〉を回し回される意味をつい忘れがちだ。人が限られた生の中でできることをやり、残りを次に託して初めて公は生まれる。個と公は対立概念ではなく、本質的に共存しうるというのが、本書のいう〈セミ・パブリックな共同体〉だ。

「僕が言いたいのは、人は一人では生きられないという当たり前のこと。ところが例外的に平和で豊かな時代が長く続いたので、自分さえよければいいという個人の〈原子化〉が進んでしまった。それは資本主義の要請でもあり、家事でも育児でも介護でも、あるいは高額の耐久財でも共同体内部でお互いに融通し合っていれば消費活動は沈滞する。

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング