次第に強まる皇后陛下の献身愛 顕れたのは「葬儀の簡素化」

NEWSポストセブン / 2014年9月27日 7時0分

 美智子皇后の天皇陛下への思いは、皇太子妃時代から変わらぬ姿勢で貫かれている。ご公務中はもとより日常でもふとした行動に、その強い“意思”は表われる。宮内庁出身の皇室ジャーナリスト、山下晋司氏が見たそのお姿とは。

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 皇室取材では天皇皇后両陛下の仲睦まじい姿を目にする機会が多くある。

 例えば今年2月、葉山御用邸(神奈川県)で静養された時のこと。両陛下が姿を現わすと住民らは拍手を送り、「美智子さま、ようこそおいでくださいました」と声をかけた。それに応えるよう、笑顔を浮かべ、会釈する両陛下。お二人が寄り添いながら腕を取り合い、ゆっくりとした足取りで海岸を散策する光景は、皇太子同妃両殿下の時代から、お互いが支え合って歩んでこられたことを象徴するようだった。

 そんなお二人の関係性は、御結婚50周年の記者会見(2009年)での陛下の言葉にも表われている。

「結婚50年に当たって贈るとすれば感謝状です。皇后はこのたびも『努力賞がいい』としきりに言うのですが、これは今日まで続けてきた努力を嘉(よみ)しての感謝状です。本当に50年間よく努力を続けてくれました。その間にはたくさんの悲しいことや辛いことがあったと思いますが、よく耐えてくれたと思います」

 皇后陛下が「続けてきた努力」の中には、文字通り「陛下を守る」場面が数々あった。

 昭和50年7月、お二人が戦後初めての沖縄訪問で「ひめゆりの塔」に献花した際、壕に隠れていた男らが飛び出し火炎瓶を投げつけるという事件が起きた。警察庁警備局警備課長として現場にいた佐々淳行氏は、火炎瓶が投げられた瞬間、妃殿下が片手を殿下の前に伸ばして守ろうとしたと語っている。

 さらに平成4年10月、山形県での国体開会式で、両陛下に向けて発煙筒が投げつけられる事件が起きた。この時、異変を察知した皇后陛下は咄嗟に右手を差し出し、陛下を庇おうとした。しかし、大事に至らないと判断されるとすぐに手を下ろし、元の姿勢に。わずか数秒の出来事だったが、その毅然とした姿は全国に報じられた。

 日常生活におけるエピソードもまた数多い。大腸ポリープ切除(1995年)に始まり、前立腺がん摘出(2003年)、冠動脈バイパス手術(2012年)と続く陛下の闘病においては、皇后陛下自ら皇室医務主管など医師から日常の食事や生活習慣について注意すべきことなどの説明を受けた。陛下の健康を第一に考え、脂肪や塩分を控えるため、普段の食事作りを担う大膳課職員と直接相談もされたようだ。

 さらに陛下に適度な運動も必要と聞いた皇后陛下は、自身の膝の悪化にもかかわらず、一緒にテニスや皇居内の散策を欠かさず続けている。そうした皇后陛下の“献身愛”は時を経るごとに強まったのだと私は感じる。

 最近、最もその意思を明確に示されたのは「葬儀の簡素化」ではないか。昨年11月、宮内庁は「今後の御陵及び御喪儀のあり方についての天皇皇后両陛下のお気持ち」を発表。両陛下は陵墓の縮小や火葬について意向を示した。

 その中で、陛下が示した「合葬というあり方も視野に入れてはどうか」という思いに対し、皇后陛下は「あまりにも畏れ多い」、「自分が先立った場合、陛下の在世中に御陵が作られることになり、それはあってはならない」と固辞された。確かに、御陵は本来天皇が崩御した後に建てられるものであり、皇后陛下は陛下のお気持ちに深く感謝しつつも、合葬を遠慮したのだろう。

※SAPIO2014年10月号

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