稲葉篤紀 ヤクルト監督待望論消えた背景に古巣の「学閥力学」

NEWSポストセブン / 2014年10月6日 7時0分

 引退試合は「1人でも多くのファンに勇姿を見てもらうために」(球団関係者)異例の2日開催。引退記念グッズは10万円以上する高額商品が次々売り切れ、背番号「41」は準永久欠番となった。北海道日本ハムファイターズから今年引退した稲葉篤紀が、いかに日ハムファンに愛されていたかがわかる。

 チャンス時に稲葉に打席が回ると、観客が飛び跳ねる「稲葉ジャンプ」はすっかり定着したが、これも稲葉に敬意を表してしばらくは封印されるという。2004年のオフ、メジャー挑戦を目指してFA宣言するがどこからもオファーがなく、日本ハムに拾ってもらった時には、まさかここまで札幌のファンに受け入れられるとは思っていなかっただろう。

 今や「日本ハムの人」の印象が強くなっているが、稲葉は日本ハムの生え抜きではない。かつてはヤクルトの主力だった選手である。現役19年間のうち、10年がヤクルトでのプレー。この間には野村克也監督の下、黄金時代のメンバーとして活躍している。

 実は稲葉が引退するにあたり、古巣への復帰の声も出ていた。

「今季限りでの退任が決まっていた小川淳司監督の後任候補に名前が挙がっていました。ヤクルト時代の稲葉のファンは少なくないし、関係者の間で待望論が高まった。本人も“できれば戻りたい”といっていたと聞いています」(ヤクルト球団関係者)

 前回のWBCではベテランと若手のパイプ役となるなど、球団の垣根を越えて選手からの信頼が厚い。高い人気に加えて慕われる人柄、さらに黄金時代の選手の復帰と話題性もある。2季連続で最下位に沈んだチームのテコ入れにはもってこいだった。

 だがヤクルト人事は、あっさりと決まってしまった。稲葉の1歳年長でかつて共に外野を守った真中満・一軍打撃チーフコーチの昇格である。雄平、山田哲人、川崎成晃といった、今売り出し中の若手選手を育てた実績が認められたものだが、これはあくまで表向きの理由だという。

「決め手になったのは日大出身であること。ヤクルトの衣笠剛・球団社長(オーナー代行兼任)の後輩にあたる。結局は学閥人事だったといわれています(稲葉は法大卒)。球界の人事は学閥がモノをいうことが多い。かつて楽天の一場靖弘(明大卒)がトレードに出された際、当時の野村監督が『今のヤクルトは明大閥だから(当時は明大出身の高田繁監督だった)、かわいがってもらえるやろ』といったのは有名な話です」(ヤクルト担当記者)

 小久保ジャパン(日本代表)の打撃コーチに就任することが決まった稲葉。将来の監督就任は確実視されているが、その本拠地は札幌か、神宮か。

※週刊ポスト2014年10月17日号

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