1600棟のラブホ作った設計者 「カラオケ導入は失敗だった」

NEWSポストセブン / 2014年12月8日 16時0分

 1970年代にラブホテルのデザインを始め、手がけた数は1600棟以上。テーマパークのような遊び心あふれる空間づくりから「ラブホテル界のウォルト・ディズニー」と呼ばれた亜美伊新(あみい・しん)氏が最近のラブホテルにもの申す。

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 私にいわせれば、もう「本当のラブホ」はなくなってしまった。今あるのは、ただの寝るところ。建物があってベッドが置いてあるだけ。エロスが感じられません。

 セックスする時、男と女は子供にかえっていくんです。だから、私のつくったラブホは、ディズニーランドと一緒でテーマパーク性がはっきりしています。部屋の中にメリーゴーラウンドがあったり、機関車が動いたりする。非日常的な「ハレの空間」なんです。

 私がつくったラブホへ女性を誘うと、最初は、「いやらしい」とか「マンガみたい」という反応が多い。でも、部屋に入ったら、女性はワクワクドキドキしていますよ。2度目には、ホテルに入る前から濡れちゃってる。ラブホへ行くこと自体が前戯なんです。

 ラブホがダメになった原因はいろいろあるけど、やっぱり一番は風営法です。鏡張りはダメとか、どんどん規制が厳しくなった。不景気で予算をかけることもできなくなりましたしね。その結果が、いま流行のマンションスタイルのシンプルなラブホというわけです。

 ラブホは“逆さクラゲ”(温泉マーク)と呼ばれた連れ込み旅館から発展してきました。それが、1960~1970年代の高度成長期から一気にゴージャスに。私がこの業界に携わったのもその頃なんです。

 大学時代は学生運動に少し足を突っ込んだけど、すぐにつまんなくなってね。そんな時、知り合いから幼稚園の設計を手伝ってくれと依頼されたんです。

 園児がトイレに入りたがらないというから、ウサギとかペリカン型の「おまる」を設置したら、子供たちが面白がってトイレから出てこなくなっちゃった。そういったエンタメ的、テーマパーク的な発想がラブホづくりの基本になっています。

 私が手がけたラブホにはクルマ型のベッドや木馬が引くソファがあるし、水が流れる滑り台や水に浮かぶボートもある。私がトラ党なもんで、阪神タイガースをイメージした部屋もつくりました。

 いずれも重視したのは女性の目線です。女性が喜ぶ仕掛けを徹底して考える。壁や家具のカラーリングや、肌がきれいに見える照明とか。こういった発想をしたのは、業界では私が最初でしょうね。

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