江戸川乱歩 子供には読ませてはいけぬ変態作家と佐野眞一氏

NEWSポストセブン / 2015年4月25日 16時0分

 2015年は江戸川乱歩の没後50年にあたる。『少年探偵団』シリーズをはじめ、少年少女向け作品のイメージが強い江戸川乱歩だが、そう簡単に判断できる作家ではない。ノンフィクション作家の佐野眞一氏が指摘した。

 * * *
 あれからもう半世紀以上経ったのか。今年が江戸川乱歩没後50年だと聞いて、私が思い出したのは、東京下町の高校に通っていた頃の国語の授業の一コマだった。

 東大出のその教師は、江戸幕府転覆計画が漏れて自刃した由比正雪のような総髪をし、達意の文章、特に古典の名文を読むときは音吐朗々、独特の髪形とも相俟って、書かれた世界に引きずりこむ魔力めいたものがあった。

 あれは東京オリンピック開催が半年後に迫った1964年の5月だった。国語教師は教室に入ってくるなり、憔悴した表情で「今日は大変悲しいことがあったので、授業はできません」と言った。

 そのわけは、帰宅して夕刊を開いて初めてわかった。わが国探偵小説雑誌の嚆矢となる「新青年」の伝統を受け継ぎ、乱歩が私財数百万円を注ぎ込んだ「宝石」が、累積赤字が嵩んで廃刊となった。記事には、中島河太郎という文芸評論家の廃刊を悲しむコメントも載っていた。

 その文芸評論家こそ、今日授業を休みにしたばかりの国語教師だった。中島先生が正宗白鳥や柳田國男の研究者だということは知っていたが、わが国の探偵小説や江戸川乱歩研究の第一人者だということは、知らなかった。

♪ぼ、ぼ、ぼくらは少年探偵団 勇気りんりんるりの色……という主題歌から始まるラジオドラマの「少年探偵団」は、小学校時代欠かさず聞いたし、明智小五郎シリーズも貪るように読んだ。

 だが、高校に進学する頃になると、乱歩の作品は幼稚すぎて読めなくなった。乱歩を見直す気になったのは、「宝石」の廃刊を死刑でも宣告されたように受け取る先生の深刻な表情を見たためだった。

 数年前ある雑誌で、私と同じ高校出身の半藤一利氏と宮部みゆき嬢と座談会を開く機会があった。そこで一番話題になったのが中島先生だった。

 半藤氏と宮部嬢の先生の評価は正反対だった。戦時中、授業を受けた半藤氏は「軍事教練をさぼると思いっきり殴る軍国教師だった」と批判し、先生が和洋女子大の教授(その後、同大学長)になってから入学した宮部嬢は「先生の授業だけは受けたかった」と言って私を羨んだ。

 その二人が、一方は主に昭和史の事件を丹念に調査して「歴史探偵」の異名をとり、一方が現代を代表する人気ミステリー作家になったのだから、やはりどこかで先生の感化を受けていたに違いない。

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