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霊能者に子の名付けて貰った甲斐よしひろ 名前の重要性語る

NEWSポストセブン / 2015年10月26日 7時0分

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「名古屋の神様」との縁を語る甲斐よしひろ

 愛知県名古屋市を拠点に、もう50年近く、芸能界をはじめ政財界の著名人の間で霊能者として知られる「名古屋の神様」が存在する。この人物は、沖紘子さんのことだ。松田聖子、早見優、太川陽介らの名付け親で、寺島しのぶは、芸名の相談をしてから公私にわたる仲だといわれている。

「沖さんとの出会いは、ぼくが28才のときだから、もう30年以上のおつきあいになります」

 そう話すのは歌手の甲斐よしひろ(62才)だ。福岡市内の有名理髪店に、4人兄弟の末っ子として生まれた甲斐は、1974年に甲斐バンドを結成し芸能界デビュー。『HERO(ヒーローになる時、それは今)』『安奈』など数々の名曲を世に送り出すも、1986年に甲斐バンドを解散。その後ソロとして活動してきた。

 一方で、1982年に結婚した元女優の竹田かほりとの間に3人の子供をもうけた。甲斐が沖さんと知り合ったきっかけは長女の誕生だったという。

「子供が生まれる時、名付け親に最適な人を探していたんですよ。ちょうど名古屋にいる友人にその話をしたときに“素晴らしく最適な人がいる”と紹介されたのが最初の出会いですね」(甲斐・以下「」内同)

 実は甲斐自身も、福岡・博多の有名な神社の神主が名付け親だったことから、子供の名前に関しては慎重になっていたのだ。

「ぼくは本名も、『よしひろ』。『よし』はころも偏に羊と書きます。しかし、そんな漢字はないんです。しめす偏に点があることが重要だったんですが、それを沖さんに指摘されました。“点があって33画だから、20才以上になったら、一生財運に困らない”って。ただし、20才まではすごく苦労してきたでしょ? って。

 それはその通りだったんです。親父が保証人になったことから借金を負い、いきなり蒸発して、家族は極貧生活を強いられた時期がありましたからね」

 もがくように生きていた10代を過ごし、甲斐バンドとして上京することが決まった時、名付け親の神主から「大きな名前だから大事にし、頑張れよ」と言われたことを思い出したという。

「自分の中では、この大きな名前の存在を意識していたところは確かにあると思う。失敗をおそれることはないんだ、という気持ちがありましたから。ぼく自身がそうだから、子供が生まれたら、名前を通してきちんと道筋はつけてあげたいなと思っていた。やっぱり親が子供に最初にできる大事なことは、名前だって、自分の中にあったんです」

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