延命治療中止で裁かれた医師はなぜ患者のチューブを抜いた?

NEWSポストセブン / 2017年3月2日 7時0分

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いまなお現場に立つ須田セツ子医師

 欧米で安楽死容認の動きが広がりつつあるいま、日本でも「安らかに、楽に死にたい」という意見を目にする機会が増えている。“どう生きるか”と表裏一体である“どう死ぬか”という問題に大きな関心が集まっているのだ。

 超高齢社会の日本で「無駄に思える延命治療はいらない」という声が出てくるのも自然なことだろう。ただ、そうした“選択”はこの国でどこまで可能なのか。かつて、患者のチューブを抜いて罪に問われた医師の言葉は重い──。

 15年前、48歳だった逮捕当時の写真と比べると、須田セツ子医師は少しやせ細った印象だった。記者が事件当時と気持ちの変化があるかを尋ねると、表情をほとんど変えずに、「あまりないですね」とポツリと呟いた(以下、「」内は須田医師)。

 1998年11月、川崎協同病院で呼吸器内科部長(当時)を務めていた須田医師は、気管支喘息の重積発作で心肺停止状態になった患者から、気道を確保するための気管内チューブを外した。すると、患者が上体をのけぞらせて苦しみだしたため、鎮静剤と筋弛緩剤を投与したところ、患者は息を引き取った。

 事件化したのは、それから3年後の2001年のことだった。同病院の麻酔科医の内部告発により発覚し、遺族が“抜管に関して家族の同意はなかった”と訴えたのである。新聞紙上に連日、〈安楽死事件〉の見出しが躍った。

 裁判で争点となったのは、(1)家族の同意の有無と、(2)筋弛緩剤投与の方法と量である。2007年2月の東京高裁判決では、(1)抜管に家族の承諾があったことを認定したが、(2)殺意をもった筋弛緩剤投与だったとし、懲役1年6か月、執行猶予3年の判決を下した。2009年12月に最高裁が上告を棄却したことで、殺人罪が確定した。

 当時の報道では単に、“安楽死”という言葉が並んだが、“医師が薬物を投与し、患者を死に至らす行為”は積極的安楽死と呼ばれるものだ。日本では認められていない。一方、“回復の見込みのない患者が、延命措置を拒否すること”は近年になって尊厳死と呼称されるようになり、一部の医療現場では、事実上容認されている現状がある。

 つまり、裁判で須田医師は積極的安楽死を行なおうという“殺意”はなかったと主張し、それが退けられたことになる。事件当時の状況について聞くと、須田医師は目に涙を浮かべているようにも見えた。

「(亡くなった患者のように)脳の状態が悪いと、セデーション(鎮静剤)が効きづらいんです。中枢神経がやられているから効きが悪く、薬が多くなってしまう。それで筋弛緩剤を投与したのです」

 須田医師はあくまでも、患者の苦痛をやわらげるために筋弛緩剤を投与したと主張したが、裁判で証言した看護師との間で、筋弛緩剤の投与方法や量をめぐって証言が食い違い、須田医師の主張は退けられた。患者が亡くなった後、今に至るまで遺族とは法廷以外で顔を合わせていないという須田医師は、筋弛緩剤を投与した時の気持ちをこう振り返る。

「ご家族は(死を看取る)固い意志をもって、みんな集まっていた。そんななかで患者さんが(チューブを抜いた後に)苦しんでいるのを家族に見せるのが辛かったので投与をした。もし、そこでご家族の誰かが『もう一度(チューブを)入れてください』と言ってくれていたら(状況は)違っていたかもしれない。こっちから提案するような雰囲気じゃなかったから……」

 その様子は家族との意思疎通がうまくいかなかったことについて、思うところがあるようにも見えた。

※週刊ポスト2017年3月10日号

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