『ギルガメッシュないと』 出演者が語る飯島愛の思い出

NEWSポストセブン / 2017年10月22日 16時0分

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飯島愛は『ギルガメッシュないと』でブレイクした

 インターネットの隆盛により、今や誰でも気軽にアダルト画像が見られるようになったが、かつて「エロの最前線」はテレビだった。深夜からは『11PM』『トゥナイト』など、伝説的な番組が生まれたが、1990年代に入るとテレビが“一人一台”の時代になったことで、エロ番組はさらにヒートアップしていく。

 なかでも“危うさ”で話題を呼んだのが、『11PM』の枠を引き継いだ『EXテレビ』(日テレ系、1990~1994年)だ。「低俗の限界」というコーナーでは、司会の上岡龍太郎と島田紳助が頭で全裸女性の股間を隠してトーク。2人が少しでも頭を動かせば“放送事故”。スタッフも視聴者もドキドキハラハラさせた。

 中山秀征が司会を務めたバラエティ番組『殿様のフェロモン』(フジテレビ系、1993~1994年)は、回を重ねるごとに企画がエロ方向へとシフト。「性感! ハケ水車が回っているのは誰だ? クイズ」、通称「ハケ水車」という名企画を生み出した。ハイレグ水着姿の女性3人が、股間を覆う箱にまたがる。そのうち1人が、ハケのついた水車で股間を刺激されていて、それが誰かを解答者が当てるクイズである。

「水着美女たちの喘ぎ声がすごくて、思わずテレビのボリュームを下げたほど。あれほどバカバカしいエロ企画は他になかった」(40代男性)

 岩本恭生と当時人気絶頂のフーミンこと細川ふみえを司会に据えた情報番組『ギルガメッシュないと』(テレビ東京系、1991~1998年)は、多くのAV女優を起用し、彼女たちのテレビ進出の礎を築いた。

 出演者の一人だった飯島愛はCMに入る直前、振り向きざまにスカートをめくりTバックのお尻を露出するポーズでブレイクし、その後、司会に抜擢された。同番組で共演し、飯島と親交が深かったAV女優の新堂有望が当時の思い出を語る。

「番組内で私が杏里の『キャッツ・アイ』を歌いながら脱いでいたのを見た愛ちゃんが、周りのスタッフに『こんなところでポロリさせないでさ。新堂は歌が歌いたいんだから、CD出させてあげてよ』と掛け合ってくれたんです。愛ちゃんの気遣いが嬉しくて、その後も気合を入れて脱ぎました(笑い)。

 コーナーで印象深いのは『オイルレスリング』ですね。全身油まみれの水着姿になって女の子同士で組み合うんですが、ちょっとでも手を抜くとプロデューサーから“本気でやれ!”って怒られる。だから私は、相手のアソコを触ってひるませたり、ブラを狙ってポロリさせたりしてました」

 グラビアアイドルだった水谷ケイも、同番組でのブレイクがきっかけで、Vシネマ『お天気お姉さん』の主演に抜擢された。現在も女優活動を続けている。初代の司会を務めた細川やさとう珠緒ら、グラビアアイドルたちも水着になって奮闘した。細川は、司会を飯島に譲った後も「水着女優歌手すもう大会」などの企画に出演した。

「巨乳揃いの出演者のなかでも、フーミンの大きさは“別格”でした。忘れられないのは、すもう大会の決勝戦。惜しくも負けてしまいましたが、相手の水着を掴んでハイレグをヒップに食い込ませるなど大健闘を見せていました」(40代男性)

※週刊ポスト2017年10月27日号

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