竹中平蔵氏「私の一品」は経済学者目指す契機になった初著書

NEWSポストセブン / 2018年2月15日 7時0分

写真

初の著書を手にする竹中平蔵氏

 グラビア写真界の第一人者、渡辺達生氏(69)が還暦を迎えてから力を注いでいるのが、“人生最期の写真を笑顔で撮ろう”とのコンセプトで立ち上げた『寿影』プロジェクトだ。

『寿影』とは、渡辺氏による造語で、商標登録されている。葬儀で使用される『遺影』の“遺”の文字には暗くて辛気臭いイメージがあると感じていた渡辺氏は、代わりにこれまでの人生を祝う意味を込めて、美しい響きを持つ“寿”を選んで命名した。

 撮影時間はわずか10分程度。できあがった写真を見ると、みんなが喜んでくれた。

「背景は余計な情報を入れないよう、シンプルな白バック。自然な笑顔を引き出すための架け橋となる宝物やお気に入りの一品を持ってきてもらい、それについての会話を交わしながら素の表情を撮影することに集中する。目指したのは、心にピントを合わせた、いつも通りの笑顔です」(渡辺氏)

『寿影』の輪は人づてに広がり、現在は渡辺氏が運営する『六本木スペース ビリオン』での撮影会と、小学館が運営する『サライ写真館』で、一般の人の撮影を受け付けている。

 この日、渡辺氏は経済学者・竹中平蔵氏(66)の『寿影』を撮影。竹中氏は「私の一品」として、初めての著書『研究開発と設備投資の経済学』を手に取った。

“平蔵”は、祖父の友人が命名。「特別な才能がないのだから、平素から蓄えろ」というメッセージが込められている。

 小泉政権下で振るった辣腕が印象的だが、「本当は臆病で不器用」だと明かす。だからこそ、名前に込められた通り、何事にもコツコツ取り組んできた。

「この本は、努力の積み重ねの結実。大蔵省の研究所に在籍中、400字詰め原稿用紙を毎晩欠かさず3枚書いて、100日で完成させました。サントリー学芸賞を頂き、経済学者を目指すきっかけとなった一冊です」

 履物業を営む家庭に生まれた。父は真面目な商売人で、日夜懸命に働くも暮らしぶりは決して楽ではなかった。その父の姿に抱いた疑問が竹中氏の原点だ。

「頻繁に職業を変えてきたと思われがちですが、一貫しているのは一生懸命働く人が豊かになれる世の中を作ること。私の中でブレはありません」

 終活にはまだ早い年齢だが、遺影を準備するのも大事なことと、にこやかにポーズ。そして、「人生、何が起こるかわからない。残された時間の使い方は、常に考えています」と、最後は将来を見据える学者の顔に戻った。

●たけなか・へいぞう/1951年、和歌山県生まれ。博士(経済学)。一橋大学経済学部卒業後、日本開発銀行に入行。ハーバード大学客員准教授、慶應義塾大学総合政策学部教授などを経て2001年、小泉内閣の経済財政政策担当大臣、金融担当大臣、総務大臣などを歴任。2006年に政界を引退し、現在は慶應義塾大学名誉教授、東洋大学教授など多数の要職に就く。

◆小学館が運営する『サライ写真館』では、写真家・渡辺達生氏があなたを撮影します。詳細は公式サイトhttps://serai.jp/seraiphoto/まで。

※週刊ポスト2018年2月16・23日号

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