梶田隆章氏「日本はノーベル賞受賞者いなくなり後進国になる」

NEWSポストセブン / 2018年4月2日 7時0分

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東京大学宇宙線研究所所長の梶田隆章氏

 2000年以降の18年間で17──人自然科学分野で相次ぐ日本人のノーベル賞受賞ラッシュによって、「科学技術立国・日本の面目躍如」と伝えるメディアは多い。ところが、2015年にノーベル物理学賞を受賞した梶田隆章氏は、「このままでは日本人のノーベル賞受賞者がいなくなる」と警鐘を鳴らす。

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 2000年以降、日本人のノーベル賞受賞者が多く生まれた。その理由は、1980~1990年代に行われた研究が評価されたからだと私は考えている。そのころは、いまより研究者が自由にのびのびと研究ができた時代だった。

 いつまでに何本の論文を発表しなければいけないという余計なプレッシャーもなく、もちろん大学の授業で講義をする必要はあるが、それ以外に研究に没頭できる時間的な余裕があった。雇用も安定していたから、成果を出すまでに長い時間がかかると予想されるような研究にもじっくりと取り組むことができた。

 ノーベル賞受賞のような、ある一定の成果につなげるためには、長年の地道な研究が不可欠だが、それができた時代だった。私の研究生活を振り返っても明らかにそうだったと断言できる。

 ありがたいことに29歳という、今と比べて相当若い時期に任期を気にしなくてよい助教(当時は助手)にしてもらうことができ、ある程度自由にやりたい研究をすることができた。考えをまとめる時間も必要だし、ボーッと空想にふけるような時間も必要だと私は思う。そうした研究環境がなければ、私の物理学賞の受賞は成しえなかったと思う。

 そもそも科学技術分野の研究というものは、どんな成果につながるかわからない状態からはじまる。何十年と研究しても、まったく無駄に終わるかもしれないことについて取り組む。そうした無駄になるかもしれない研究がたくさん行われてこそ、ほんの一握りの成果がノーベル賞として評価されたり、社会で実際に役立つ技術として採用されたりする。困難な課題に挑戦するからこそ、革新的な技術は生まれるのだ。

 ならば、どんな研究も、チャレンジすることにこそ意義がある。無駄になるかもしれない無数のチャレンジができる広い裾野がなければ、成果は決して生まれない。

◆若い目を摘む改革

 ところが、近年は社会情勢を反映してか、無駄を排除しようという雰囲気が大学にも入り込んでいる。大学が独立法人化された2004年から2017年までの間で、運営費交付金(国からの補助金)は1445億円も削減されている。毎年1%もの割合で削減されているのである。

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