桂歌丸さんが記者に託した「夜8時のお小言」と「妻への思い」

NEWSポストセブン / 2018年7月8日 7時0分

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「生涯落語家」を貫いた

「またあなたですか。あなたが電話をかけてくるってカミさんから聞くたび、あたしゃ眠たい目を擦りながら待ってなきゃいけないから大変ですよ」

 7月2日、慢性閉塞性肺疾患で世を去った桂歌丸師匠(享年81)は、いつもそんな憎まれ口を叩きつつも本誌若手記者の取材に応じてくれた。取材は、記者がまず日中に手土産を持って横浜市内の自宅を訪れ、妻の冨士子さんに「夜8時に電話させてください」と約束を取りつけるのが“作法”だった。2016年5月に『笑点』(日本テレビ系)を勇退してからは日中は横になって体を休めている歌丸師匠の事情を考慮して、冨士子さんと相談して決めた時間が「夜8時」。そして電話するとまず“お小言”から始まるのだった。

 昨年2月、歌丸師匠が横浜で開かれた落語会にゲスト参加したときには、高座に上がる前に楽屋でロングインタビューを行なった。

 歌丸師匠はこのとき、酸素呼吸器から延びたチューブを鼻に繋いでおり、見るからにやつれた姿だった。年初に肺炎を悪化させ前月まで入院していたためだ。

 しかしそれを感じさせない小気味良い口調で、自らの病気や65年間の落語家人生、これからの落語界について真摯に話してくれた。

 印象的だったのは、恐妻家で知られた歌丸師匠が“妻への感謝”を明かした言葉だった。

「まぁ一番迷惑をかけてきたのはカミさんですよねぇ。2人で話し合って決めていることがひとつあります。それは『アタシの意識が戻らないままだったら延命装置をつけるのをやめよう』ということ。できる限り、迷惑をかけないように逝きたいなと願っているんです」

 歌丸師匠が4歳年上の冨士子さんと結婚したのは21歳の時。駆け出しの落語家で、結婚後は苦しい生活が長かったという。いつも「勝手にヘソクリを貯めて」「あんなオソロシイ妻はいない」などと大喜利でネタにしていたが、本心は妻を想う気持ちであふれていた。

 インタビューで口にした“落語家としての矜持”がある。

「若い頃に(5代目古今亭)今輔師匠から『舞台に出てきた時の拍手よりも、終わって下がる時の拍手の方が大きくなければダメだ』と教えられたことが、ずっと胸に刻まれています」

 歌丸師匠は恩師の教えを守り、日本中のファンから喝采を受け、落語家人生の緞帳を降ろした。

※週刊ポスト2018年7月20・27日号

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