高校野球を愛する芸人が激論 あの「消えた名門」もう一度

NEWSポストセブン / 2018年8月2日 7時0分

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対談は高校野球居酒屋「がらく 恵比寿南店」で行われた(撮影/小笠原亜人矛)

 TV番組「アメトーーク!」の人気企画「高校野球大好き芸人」にはまだ呼ばれたことがないが、“甲子園愛”では誰にも負けないというお笑い芸人・天宮アイル、加藤匠(青春コメディ)が、「消えた名門高校」についてコアな目線から激論を交わした!

天宮:僕は東洋大姫路の出身なんですが(野球部ではない)、甲子園で33勝し、優勝経験もある母校も2011年を最後に遠ざかり、今年は地方大会で初戦敗退。東京でもあれほど強かった帝京が7年も甲子園に出場できていない。この2校は“消えかけた”名門ですよね。

加藤:帝京はちょっと心配です。数年前に、帝京の前田三夫監督がスーパー1年生を主力に抜擢したことがあった。それが2年生でメンバー外になり、何かしらの不祥事があったのではないかと熱心なファンの間で噂になりましたが、その選手は3年生でベンチ入りを果たした。

 1995年には、センバツに出場しながら、主将を含む数選手が厳しい練習に耐えきれず、退部したことがありましたよね。当時の前田監督は、それほどまでに一切の妥協を許さなかった。前田監督も選手の能力を惜しむようになったということでなければいいんですが……。まぁ、そんな話が出るのも甲子園から遠ざかっているから。ファンの心配を早く払拭してほしい。

天宮:不祥事で“消えなかった名門”は、青森山田でしょう。2011年末に部員が死亡する暴力事件が起きましたが、部の体制を一新して、2016年春、2017年夏と甲子園に帰ってきた。以前は関西出身者で占められていましたが、イメージ回復のためか、昨年のチームは青森の子ばかり。県外選手というと、敗色濃厚の9回に、“思い出代打”で登場した選手ぐらいだった。

加藤:僕は埼玉出身で、父親が軟式野球の審判をしているんです。その影響で、昔から埼玉の野球を見ていて、特に埼玉栄には思い入れが強い。20年前に大島裕行(元西武)を擁して初出場し、2000年のセンバツにも出場した。1976年夏に優勝した桜美林のエースだった松本吉啓監督が退任してからパタッと出られなくなった。

 2005年には木村文和(現西武)をエースに埼玉大会の決勝まで進出しましたが、春日部共栄に敗れてしまった。もし、この試合に勝っていたら、また選手が集まるようになって、埼玉は浦和学院と花咲徳栄の二強ではなく、埼玉栄を含む三強時代を迎えていたかもしれない。

天宮:広島商業や松山商業、横浜商業(Y校)など、全国の商業高校や工業高校が甲子園に出られなくなっている。僕は甲子園のデータを集計して分析するのが趣味なんですが、商業・工業が付く学校の平均出場数を年代別にまとめてみたんです。1980年代に14校でしたが、1990年代は9.2校となり、2000年代は8.6校、2010年代は5.5校と減少してきて、昨年にいたっては高岡商業のわずか1校でした。

 奇跡のバックホームで有名な、松山商業と熊本工業が対決した1996年の決勝が、最後の公立同士の決勝。この試合を転換期として、私立優位の時代に突入していった。商業・工業高校の決勝なんて、二度とないでしょう。

加藤:中京大中京も昔は中京商業で、東邦も東邦商業だった。現在は商業とか工業の特色を消して、総合学校に一新して生徒を集めているわけですが、公立だとそう簡単には校名を変えられない。結果、高校野球でも時代に取り残されてしまった。

※週刊ポスト2018年8月10日号

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