芸歴29年、入船亭扇辰が『お初徳兵衛』で見せた円熟の境地

NEWSポストセブン / 2018年8月3日 16時0分

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入船亭扇辰の魅力を解説

 音楽誌『BURRN!』編集長の広瀬和生氏は、1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接している。広瀬氏の週刊ポスト連載「落語の目利き」より、芸歴29年の入船亭扇辰が披露した、現代の観客が感情移入しやすい『お初徳兵衛』について解説する。

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 勘当された大店の若旦那が船頭になって大失敗する『船徳』は、初代古今亭志ん生(幕末期の名人)作の長編人情噺『お初徳兵衛浮名桟橋』の発端の部分を、明治時代に初代三遊亭圓遊が滑稽噺に改作したもの。「昭和の名人」五代目志ん生は『船徳』ではなく『お初徳兵衛』の発端を一席ものとして演じ、倅の十代目金原亭馬生がそれを継承した。

 その『お初徳兵衛』を入船亭扇辰が5月30日の独演会「噺小屋 皐月の独り看板」(国立演芸場)でネタ出ししたので聴きに行った。

『お初徳兵衛』は、現代では馬生門下の五街道雲助が細部に工夫を凝らし、より人情噺らしく磨き上げている。扇辰が演じた『お初徳兵衛』も雲助の型を踏襲したものだった。

 道楽が過ぎて勘当された徳兵衛が行き場を失って途方に暮れていると(この運びは『唐茄子屋政談』に似ている)、馴染みの船宿の親方に声を掛けられ、居候することに。

 実家が夫婦養子を迎えると聞いて「もう帰る場所がない」と船頭になる決意をする徳兵衛。志ん生・馬生親子はここで『船徳』にある「親方に呼ばれた船頭たちが早合点する」場面を入れて笑わせるが、雲助はそれを省いて人情噺のトーンを維持、『船徳』で描かれた「未熟な徳兵衛が2人連れを乗せて悪戦苦闘したエピソード」を、滑稽味を完全に抜いてサラリと紹介する。扇辰の落ち着いた佇まいと端正な口調が、こうした展開に実によく似合っている。

 3年後には界隈で随一の船頭となった徳兵衛。四万六千日、お初という美しい芸者を連れた旦那2人が徳兵衛の客となり、彼らを降ろした後、お初1人を送り届けることに。にわかの大雨で舟を首尾の松に止める。「そこでは濡れるから」と徳兵衛を近くに呼び寄せたお初は、実は幼い頃、徳兵衛に恋をして「芸者になれば若旦那に遊んでもらえる」と思って芸者を志したのだと言う。

 切ない恋心を打ち明けるお初、「それは御法度」と拒みながらも、雷鳴轟く中、お初を抱き寄せてしまう徳兵衛……。2人がいい仲になるクライマックス、扇辰は持ち前の繊細な演技力でドラマティックに演じ、爽やかな余韻を残した。

 テキストとしては雲助の台本にかなり忠実でありながら、扇辰は、古の江戸の香りを濃厚に漂わせる雲助の骨太な『お初徳兵衛』とは異なる、よりウェットな一席に仕上げていた。「お初が徳兵衛を口説く」場面のきれいさは扇辰ならでは。現代の観客が感情移入しやすいスマートな『お初徳兵衛』だ。芸歴29年の54歳、扇辰の円熟の境地を感じた。

●ひろせ・かずお/1960年生まれ。東京大学工学部卒。音楽誌『BURRN!』編集長。1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接している。『現代落語の基礎知識』『噺家のはなし』『噺は生きている』など著書多数。

※週刊ポスト2018年8月10日号

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