早稲田大学の校歌を鼻で笑う一部の「京都至上主義者」

NEWSポストセブン / 2018年9月25日 7時0分

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今でも東京出張を「東下り」と言う京都人もいる(時事通信フォト)

「アンチ東京」では通じ合える京都と大阪だが、実はお互いに反目し合っているという。一筋縄ではいかない関西人の「東京ぎらい」を、国際日本文化研究センター教授の井上章一氏が独自の視点から読み解く。

 * * *
 京都の洛中には、東京をあなどりたがる人びとが、少なからずいる。たとえば、彼らは東京への出張を、しばしば「東下り」と言いあらわす。

〈このあいだ仕事で、東京へ行ってきたんや。えらい、つかれたわ〉
〈東下りか、そら、御苦労さんやったな〉

 以上のようなやりとりを往来で耳にすることが、ままある。この街は、京都が都であった時代の「関東下向」という観念を、まだなくしていない。

 実際には、彼らも東京へ行く場合、たいてい新幹線をつかっている。その「上り」にのってきた。「上り」を利用しつつ、「東下り」と言いたがるのは、一種の負けおしみであろう。だが、そういうくやしまぎれの自尊心は、今なお健在である。

 早稲田大学の校歌をいぶかしがって見せる町衆とも、でくわすことがある。

〈都の西北、早稲田の森に、てあいつら歌うとるやろ。あれ、おかしいで。早稲田なんて、都の東、それも端の端やないか〉

 都は今でも京都。東京は都じゃあない。そう想いたがる京童(※注)は、早稲田を都の東側に位置すると言いはなつ。その立地は京都盆地の外、東山のずっとむこう、鈴鹿よりまだ東の辺境にある、と。

※注/原意は京都に住む口さがない若者を指す言葉。〈きょうわらべ〉〈きょうわらわ〉とも読む。

 一部の京都至上主義者は、明治維新による東京遷都をみとめない。遷都の勅令は、これまで一度も公布されてこなかった。その一点をよりどころとして、まだ都は京都におかれていると言いつのる。東京にある皇居は、天皇一家の行在所、外出先の仮宮でしかない、と。早稲田の森を都の東側だととらえるのも、そんな観念のたまものである。

 くりかえすが、京都の洛中人士は、東京を見下しやすい。しばしば、東京を軽んじる口吻に興じることがある。聞きようによっては、東京をきらっているのかなと、感じなくもない。しかし、その根っ子は、彼らの喪失感にある。

 東京に都の座を事実上うばわれたことは、もちろん、京都の人びともわきまえている。だが、それをみとめたくないという想いはなかなかきえさらない。この心模様が、反東京論的な物言いに、彼らをつきうごかすのだと考える。東京の人びとには、だからおねがいしておこう。どうか、彼らの言動を、勝者のゆとりでおおらかに聞きながしてもらいたい、と。

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