“三億円事件実行犯”の告白小説、府中警察署の見解

NEWSポストセブン / 2018年10月17日 16時0分

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事件当時のモンタージュ写真(時事通信フォト)

「戦後最大のミステリー」と呼ばれた未解決事件、三億円事件は1968年12月10日に起きた。それから半世紀──この劇場型犯罪を題材にした小説、映画、ドラマなどが数多く制作されてきた。ジャーナリストの近藤昭二氏が分析する。

「三億円事件は暴力的ではないし、スマート。一般市民のヒロイズムを刺激するのかもしれません」

 ジャーナリストの大谷昭宏氏も、この事件の持つ“魔性”を指摘する。

「手口と手際の良さ、なにより1滴の血も流さずこれだけのお金を手にしたことに、どこか“見事だ”という思いがあったんだと思う。“犯罪の中の芸術品”とさえ言われている」

 これまでにも、“真犯人”が名乗り出たことは幾度となくあった。

 そのなかで、小説投稿サイト『小説家になろう』で8月8日から全72回にわたって掲載された告白文〈府中三億円事件を計画・実行したのは私です。〉の筆者、「白田」という人物に“リアリティ”を感じる人が少なくないのは、「これは真犯人しか知り得ない“秘密の暴露”では」と思わせるような記述があったからかもしれない。

〈私が準備していた「あるもの」。それは……。──警察手帳。(中略)私はこの警察手帳をアタッシュケースの中に入れることにしました(中略)この警察手帳は正式な遺留品として公開されていません〉

 警察手帳は、「白田」とともに強奪計画を立てた親友のS(省吾)の父親のもの。白バイ隊員だったという。

 確かに、当時の報道を見る限り、警察手帳が残されていたという記述は見つからない。それが“もしかしたら真犯人だけが知っている話なのかも”と興味をかき立てているようなのだ。

 それ以外の部分からも妙なリアリティが読み取れる。当時、日本では東大闘争や全共闘(全学共闘会議)などの学生運動が盛んだった。大学生だった「白田」はこう振り返る。

〈授業を受けようと教室に座っていれば、ヘタれた服の若者数名が演説をはじめる。キャンパスを歩けば視界の隅で暴徒集団が逮捕されている……。そんな光景はもはや日常でした〉

 激しい時代だったと強調する一方、運動にかこつけた中途半端な学生の存在を生々しく描いている。

〈学生運動家と思われる若者たちがそこにはいました。思われる、と言ったのには理由があります。彼らはそれぞれテーブルをはさんで、カップルとして幸せそうに談笑し合っていたのです。(中略)実態は、単なる男女の出会いの場に過ぎなかったのでした〉

 そうした日常風景を間に挟みながら、「白田」は犯行計画を立て、準備を進めていく。

 事件当日の描写は緊迫感がある。思わぬトラブルも起きたと「白田」は書いている。

〈発煙筒がつかない! 雨に濡れたのか、それとも湿度が原因か……。何度擦っても火がつかない発煙筒を持ったまま、私は絶望しました〉

 あざやかな手口で3億円を強奪した犯人が、その実、現場で計算違いに慌てていたという“新説”も興味を持って受け止められているようだ。

「警察内部でも、“三億円事件のホシが出た”と面白がっている人間もいます。事件のお膝元の府中警察署でも、刑事たちの話のネタになっているそうです。とはいえ、時効になった事件ですから、表だって再捜査とはなりませんが」(警察関係者)

 府中警察署に改めて取材を申し込んだが、「申し上げることはありません」というばかりだった。

※週刊ポスト2018年10月26日号

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