平野啓一郎氏 差別にはうんざり、被害者に寄り添い書きたい

NEWSポストセブン / 2018年10月20日 16時0分

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『ある男』を上梓した平野啓一郎さん(撮影/藤岡雅樹)

【著者に訊け】平野啓一郎さん/『ある男』/文藝春秋/1728円

【本の内容】
 物語の主人公は「城戸さん」。作者がたまたま見つけたバーで知り合った弁護士の男性だ。〈彼は自己紹介をしたが、その名前も経歴も、実はすべて嘘だった。しかし、私には疑う理由がないから、最初はその通りに受け取っていた〉。なぜ彼は偽名を使ったのか。それは彼が「谷口里枝」から、亡くなった夫が全くの別人だったと相談を受けたことが関係していた。城戸さんがのめり込んでいった〈ある男の人生〉とは。

 夫が事故で死んだ後で、彼は自分で語っていた経歴とはまったくの別人だったことがわかる。では妻が愛した人は誰なのか。

 小説やエッセイを通して、これまでも「私とは何か」について考えてきた平野さん。新しい小説は読者の意表をつく設定で、思いがけない角度からこのテーマに迫る。

「40才ぐらいになると別の人生もあったかもしれないと想像したりするんですね。人生は1回きりしかない。生まれ育ちのせいで不遇な環境におかれた人ならなおさら、自分はこのまま終わるのか、まったく違う人生を生きたいと思うんじゃないか。そう想像したところから物語が始まりました」

 夫は誰だったのか。妻は知り合いの弁護士に調査を依頼する。仕事を超えた熱心さで弁護士は見知らぬ男の背中を追い、他人の人生を生きることを選んだ男の痛ましい過去が徐々に明らかになる。

「小説の取材で、犯罪の被害者家族にお会いする機会はこれまでもあったのですが、今回初めて、つてをたどって加害者の家族にも話を伺いました。存在を消すようにしながら生きてらっしゃる姿に強い印象を受けました。裁判の傍聴もずいぶんしましたし、いろんなタイプの弁護士にもお会いしました」

 主人公の弁護士は、日本国籍を取得した在日三世である。社会的立場は高いが、ふいに差別的な言葉に直面することも。他人の過去を追いながら、彼自身の人生にも思いをめぐらせる。

「ヘイトスピーチなど、今の社会にある差別には正直、うんざりしています。SNSなどでは直接、批判もしますが、小説家としては、被害を受ける側に寄り添い、その人生を丁寧に書く方が仕事としてやりがいがあります」

 ふだん文学を読まない人にも自分の本を読んでほしいという。前作『マチネの終わりに』は20万部を超すロングセラーになった。

「“なぜ人を殺してはいけないのか”というテーマで『決壊』を書いたとき、1万人の純文学マーケットに向けて書くことに矛盾を感じました。文学に関心のない人にも読んでもらいたい。他ジャンルの表現者に刺激を与えたい。2つのことを考えて書くうちに読者層が広がっていった気がします」

◆取材・構成/佐久間文子

※女性セブン2018年11月1日号

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