平清盛 暴君イメージ強いが気遣いでき優しい人と文献に記述

NEWSポストセブン / 2012年1月15日 16時0分

 松山ケンイチ主演でスタートしたNHK大河ドラマ『平清盛』。平安時代、初めて武家として世を治めた平清盛は、これまでにも何度か演じられてきたキャラクターだが、じゃあ、実際はどんな人だったの?と聞かれてもよく分からない。そこで、家族との関係、人柄など、基礎知識を学ぼう。

 最初の妻・明子を亡くした後、貴族の娘・時子をめとった清盛。当時は子孫繁栄のために複数の女性を妾に持ち、正妻をなおざりにする武将も少なくなかったが、清盛は最後まで時子を大事にしたという。今回のドラマの時代考証を務める歴史研究家の本郷和人さんは次のように話す。

「晩年の清盛は出家し、いまの神戸に住んでいたのですが、京都で病気にかかっていた妻の時子が具合を悪くするたびにお見舞いに行っていたといわれています」

 清盛は子供たちにも深い愛情を注いだことで知られる。

「最初の妻との間に2男、後妻の時子との間に3男4女をもうけた清盛は子煩悩な父親だったようです」(本郷さん)

『平家物語』では傲慢な独裁者として描かれている清盛。相手が皇室であろうが貴族であろうが“悪行を起こした者”には容赦なく罰を与え、暴君というイメージがつきまとう。しかし、同じく歴史上の人物でいえば、豊臣秀吉のように部下思いで優しい“上司”という意外な一面も。

「多くの武将は権力行使のために敵はもちろんのこと、自分の兄弟や家来までも殺すことがありましたが、清盛は一切それをしませんでした。また、家来の家族がいるところでは自分より身分の低い家来を立てたり、誰かがギャグですべってもひとり大声で笑うなど、気遣いができる優しい人物だったという文献が残っています」(本郷さん)

※女性セブン2012年1月19・26日号



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