書道家の亡き父の影響受けた爆笑・太田光「反抗期なかった」

NEWSポストセブン / 2012年4月5日 16時0分

 3月31日、爆笑問題・太田光(46才)の父・三郎さん(享年83)の告別式が東京・青山葬儀所で営まれた。三郎さんは、昨年1月に脳梗塞と心筋梗塞で倒れ、入院。以来、1年以上寝たきりの状態になっていた。そして3月19日、急性循環不全のため、この世を去った。

 太田にとって、三郎さんは、憧れと畏怖の念を同時に抱く存在だったという。三郎さんは1928年(昭和3年)生まれ。少年時代には落語家の弟子入りを希望したり、太宰治に自分が書いた小説を持ちこんだりと、表現することに大きな関心をもっていた人物だった。

 戦後は設計士となり、1969年には東京・青山に内装会社を設立。業界の中でも業績の高い会社に育て上げた。その一方で書道家としても知られた存在で、有名焼き肉店『叙々苑』のロゴは、三郎さんの筆によるものだ。

 元女優の妻と結婚すると、埼玉に居を構え、1965年に太田が生まれた。ひとりっ子で、父親譲りの芸術家肌だったという太田は、三郎さんの影響を受けて育った。自著『しごとのはなし』(ぴあ刊)のなかで、こう綴っている。

<とにかく話す内容がおもしろかった。たとえば、落語や小説や美術の話など、親父の表現に対する造詣の深さや会話のおもしろさは、今の俺の仕事にもかなり影響を与えていると思う>

 だが、父子関係は複雑でちょっと変わっていたようだ。

<思春期特有の反抗期が一切なかった代わりに、大人になってから男同士の会話をするようになったわけでもない>(『しごと~』より)

 いつも一定の距離があったという父子関係だったが、三郎さんは、太田のことを温かくずっと見守り続けていた。

※女性セブン2012年4月19日号



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