元銀行マン、エリート養成校をつくる【1】 -対談:IGS代表 福原正大×田原総一朗
プレジデントオンライン / 2013年12月8日 17時15分
福原正大 慶應義塾大学卒業後、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、バークレイズ・グローバル・インベスターズを経て、2010年、グローバルリーダーを育成するInstitution for a Global Society(IGS)設立。近著に『ハーバード、オックスフォード…世界のトップスクールが実践する考える力の磨き方』。
グローバル教育の必要性が叫ばれ、文科省も英語教育の早期化を推進。しかし、日本人が世界で活躍するためには、ほかにも足りないものがある。未来のグローバルリーダーを育てるIGS(Institution for a Global Society)の福原正大代表は、「答えが1つしかない問題ばかり解かせる教育が問題」と指摘する。日本の教育が抱える課題の深層に、田原氏が切り込んだ!
■なぜ日本人は世界で通用しないのか
【田原】福原さんは元銀行マンですが、学習塾を立ち上げた。教育に興味を持ったきっかけは何ですか。
【福原】外資系の金融機関にいたとき、世界レベルのリーダーの中に日本人がまったくいないことに気づいたのです。金融業界のトップは多様です。欧米の人だけでなく、私のいたバークレイズではインド人がナンバーツーを務めていたし、中国人や韓国人もたくさん活躍していました。それに対して日本人はまったく見ない。金融業界だけではありません。産業界で世界標準を決める場面でも日本人が話すことはないし、国際機関においても、日本は出しているお金に比べて人の数が圧倒的に少ない。それはなぜかと考えたときに突き当たったのが、教育でした。
【田原】教育というと、英語教育ですか。
【福原】いや、英語も1つのファクターではありますが、それ以前にリーダーシップ教育が足りていないことを強く感じました。
【田原】G7などの国際会議で、日本の大臣は発言が非常に少ないですね。でも、僕もそれは英語ができないせいじゃないと思う。欧米では発言しない人が馬鹿にされるけど、日本では「正解を言わないとダメ」と教えられるから、正解がないことがあたりまえの国際会議で発言ができなくなってしまう。日本人は、どうも正解にこだわりすぎるところがあるけど、これは教育が原因ですか。
【福原】日本の入試は中学から大学まで、答えは1つであるという前提でつくられています。それに合わせて学校でも、答えがある問題を出して、その解き方を教えています。そういった教育を通して「答えは1つ」と植えつけられているから、答えが出ない現実の問題に対応できない面があるのではないかと。
【田原】僕は小学3年生のときに算数が嫌いになりました。算数の時間に、「円を3等分しろ」という問題を出されたの。みんな普通に3等分してたけど、僕は「違う」と手をあげて、円をやたらに小さく分けました。すると先生から「むちゃくちゃ。こんなのは愚劣だ」と怒られてしまった。でも、この話を広中平祐(数学者。日本人2人目のフィールズ賞受賞者)にしたら、「それは微分のやり方だよ」と言われました。つまり、先生が答えは1つしかないと思い込んでいて、そうではない答えは認められないんです。
【福原】日本では、中学・高校レベルの数学の知識を小学校の算数に持ち込むと怒られる。田原さんの話は、日本の教育の硬直性を示す象徴的な例だと思います。
■日本の教育には「議論」がない
【田原】福原さんはフランスに留学経験がありますが、向こうでは日本のような教え方をしないのですか。
【福原】そうですね。日本人とフランス人のハーフの友人がフランスに転校になり、日本で解いたことのある問題がテストで出たそうです。彼女は日本で習った通りの答えを書いたのですが、結果は0点。彼女の母親が「うちの娘は正しいことを書いている」と抗議にいくと、先生は「この解答には彼女の考え方がまったく入っていない。これでは世界に対する彼女の付加価値がゼロだ」と説明しました。つまりフランスでは、正しい知識を得て終わりではなく、自分が知識を使って世界にどのように貢献するのかということをつねに問われるのです。
【田原】難しいな。もう少し具体的に言うと、フランスと日本の教育はどこが違いますか。
【福原】入試問題からまったく違います。フランスの高校卒業試験であるバカロレアでは去年、「あなたは自由と平等、どちらが大切だと思いますか」という問題が出ました。これはどちらを選んでもよくて、なぜ自分はそう考えたのかを論理的に説明することが求められるわけです。一方、日本のセンター試験の「倫理社会」では、「○○主義を提唱したのは誰ですか」という答えが1つしかない問題を、しかも4択や5択で出す。
【田原】その問題、面白いね。福原さんならどう答えますか。
【福原】私なら自由が大切だと答えます。たとえば平等を重視して弱者への再配分を強めていくと、短期的には弱者に優しいかもしれませんが、長期的には働くインセンティブが落ちかねません。そうなれば結果的に弱者にとっても優しい社会ではなくなる可能性があります。こうした平等の弊害を考えると、長期的には自由を選択すべきだというのが私の意見です。バカロレアであれば、それをミルやカントといった先人の知恵を使いながら説明していきます。
【田原】なるほど、福原さんは自由を選んで答えたけど、べつに平等を選んでもいいのですね。
【福原】先日、日本のある学校の授業を見学に行って驚きました。せっかく自由と平等について授業をやっているのに、先生が「こういう理由で、こっちの考え方がいい」と答えを押しつけていました。これじゃ生徒は自分の頭で考える力が身につかないでしょう。
【田原】数年前に日本で流行った「ハーバード白熱教室」とは逆のやり方ですね。サンデル教授は正解のない問題を学生たちに投げかけて議論をさせました。一方、日本の教育にはディスカッションがない。本当はディスカッションの中から創造力がつくられるのに、日本では答えは1つだと教えるから、むしろ議論はしちゃいけないんだ。
【福原】いま私も田原さんと議論することで刺激を受けて、自分の考えを深めたり、新しい考えをつくり出そうと必死に頭を使っています。そのダイナミズムが本来の教育の姿なのですが、残念ながら日本の場合は、先生が1番偉くて、生徒は知識を一方的に与えられる人になっています。先進国に追いつく過程においてはそうした教育も効果的でしたが、日本は1990年代前半にアメリカに追いついてしまった。知識を与えられるだけの教育では、その瞬間に、誰も絵を描けなくなってしまう。それが「失われた20年間」につながったのかなと。
■みずほ問題の真因は新卒一括採用にあり
【田原】福原さんは日本と外国の企業の両方に勤務経験があります。その違いも聞きたい。たとえば最近、みずほ銀行で暴力団関係者にお金を貸していたという事件が発覚しました。これ、日本だから起きるのかな。
【福原】一般論で言うと、背景には1人だけ違う意見を持つことを許さない日本企業の文化があると思います。暴力団に融資するとまずいと思っても、そういうことを言える雰囲気はない。現実の世界に半沢直樹は存在しないんです(笑)。
【田原】なんで言えないのですか。
【福原】欧米なら、上に嫌われてクビになっても他の会社でやり直せます。でも日本は終身雇用が前提の企業が多く、転職も難しい。定年まで同じ会社に勤める前提だと、上の意見に逆らうことはできないでしょうね。
【田原】池田信夫の『アベノミクスの幻想』に、面白いデータがありました。自分の価値観と会社の価値観が同じだと思っているサラリーパーソンは、アメリカ41.5%に対して、日本は19.3%。この差は何だろう?
【福原】アメリカでは、自分の考え方と合わないと思えば転職します。日本のように我慢しない。
【田原】ということは、日本では多くの人が自分の考えを諦めているわけです。そんな状態じゃいい発想も出てこないし、仕事へのモチベーションも上がらないでしょう。どうしてそうなってしまうのかな。
【福原】私は採用にも問題があると思います。企業は、上の意見に服従してくれる人のほうが都合がいい。だから「答えはいくつもある」なんて難しいことを言う人より、自分たちのカルチャーに染められるように、「とにかく頑張ります」と言う人を積極的に採ってきました。
【田原】日本企業が新卒一括採用しているのも、そこですね。大学を出たての人なら何の色にも染まっていないから、新卒を取る。こんな国、ほかにないですよ。
【福原】外資は逆に新卒を敬遠します。というのも、経験のある人なら自分の考えがあって、会社をいい方向に動かしてくれるだろうという発想で採用するから。日本とはまったく違います。
【田原】アベノミクスの産業競争力会議で、社外取締役について議論されました。日本企業では、上司に逆らっちゃいけません。1番上は社長ですが、誰も社長に逆らえないから企業も発展できない。そこで社外取締役を半分以上にするルールをつくり、社長にノーと言えるようにしようとした。でも、経団連の人たちが反対して、結局は否決されました。これじゃ日本の企業は息苦しいままです。
【福原】正直言って、この問題を短期的に解決することは難しいと思います。時間はかかるかもしれませんが、教育から変えていくしかありません。小中学校のときから「答えはいくつもある」という教育をしていって、彼らが社会に出たときに化学反応が起きれば、新しい日本というものが見えてくるはずです。日本はベースの教育はいいのだから、うまく組み合わせれば、ふたたび世界に羽ばたけるのではないかと思います。
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1970年、東京都生まれ。慶應義塾大学卒業後、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、バークレイズ・グローバル・インベスターズを経て、2010年、グローバルリーダーを育成するInstitution for a Global Society(IGS)設立。近著に『ハーバード、オックスフォード…世界のトップスクールが実践する考える力の磨き方』。
田原総一朗
1934年、滋賀県生まれ。早稲田大学文学部卒業後、岩波映画製作所、テレビ東京を経てフリーに。活字と放送の両メディアで評論活動を続けている。『塀の上を走れ』『人を惹きつける新しいリーダーの条件』など著書多数。
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(IGS代表 福原 正大、ジャーナリスト 田原 総一朗 村上 敬=構成 宇佐美雅浩=撮影)
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