地域貢献を進める「止能止衆止」 -アイリスオーヤマ社長 大山健太郎【2】

プレジデントオンライン / 2014年3月2日 15時15分

アイリスオーヤマ社長 大山健太郎(おおやま・けんたろう) 1945年、大阪府生まれ。64年大阪府立布施高等学校卒業。同年、父の急逝によりプラスチック成型加工の大山ブロー工業所(現・アイリスオーヤマ)代表に就任。71年株式会社化し、翌年宮城・大河原工場を建設。石油ショック後の経営危機を経て、81年消費財分野に進出、ホームセンター向けプラスチック製品のトップメーカーに育てた。

■震災復旧を優先喚声呼んだ「決断」

「神仏とは、何かをお願いしたりおねだりする相手ではない。自らの決意を伝え、努力の結果を報告し、新たな誓いを約束する対象でなければ、神も仏もみていてはくれない」

十数年前、28歳で会社を興し、30年間で3000億円企業に育て上げた経営者から聞いた言葉に、「その通りだ」と思った。自立と自律。自らの決断と行動にすべてがかかるリーダーの心構えの、核心だ。

「アベノミクス」は、日本の風向きを変えた。だが、すべての企業や経営者にとって、追い風となったわけではない。円安による輸入価格の上昇で、わずかな利益も飛んでしまった食料品加工会社も、少なくない。地方へいけば、電力料金とガソリン代の上昇で「アベノミクスは、マイナスばかり」との嘆きも、珍しくない。でも、神仏はもちろん、政治家や役所への依存心などみせず、「自分たちは、何をすべきか」「地域や社員たちのために、何を優先するべきか」を考え続け、実践する経営者群もいる。大山流も、その典型だ。

2011年3月11日、千葉市にいた。ドラッグストアの経営者らを招き、新商品を紹介するイベントを開いていた。午後2時46分、大きな揺れに続き、地面から砂が噴き出す。1978年に起きた宮城県沖地震でも、液状化現象を経験した。死者28人、負傷者が1千人を超えた震災の体験から、「この震源も、宮城県沖だろう」と推定し、すぐに仙台の本社へ戻ることを決断する。

成田空港から仙台へ飛ぼう、と思った。だが、車中のテレビで仙台空港も津波に襲われたと知り、陸路を北上する。仙台にいる妻の安否を確認しようと思うが、携帯電話がつながらない。テレビに、被災地の火事の様子も映る。様々なことが頭をよぎり、気が急ぐが、福島県で通行止めに遭う。東北新幹線の新白河駅近くへ戻り、ビジネスホテルのロビーで仮眠した。ほどなく一室だけ確保でき、小さなシングルルームに、運転手も含めた4人で泊まる。

一昼夜、足止めとなった後、13日早朝に仙台へ向かう。宮城県の2つの工場で被害状況を確認し、自宅で妻の無事を確認した後、本社に入る。各拠点の被災状況を確認しながら、何からやるべきかを考える。

翌14日、工場に社員を集めて、呼びかけた。社員たちも、家族を含めて被災者だ。だが、企業の社会的な責任を第一に考え、工場の復旧に力を結集するように求める。自分たちは、被災者が求める生活用品を、いろいろとつくっている。それを早く届けることこそ、仙台に本拠を構える会社としての本分だ。

89年12月、本社の登記を仙台へ移した。その10年余り前に、本社機能は創業地の東大阪から仙台へ移していたが、知名度や信用力が足らず、東北の金融機関に相手にしてもらえない。仕方なく、しばらく大阪の銀行と取引を続け、登記上の本社は大阪に残していた。だが、前回(http://president.jp/articles/-/11958)触れたペット商品や収納ケースなどの大ヒットが続き、「もう仙台の企業になりきろう」と決意する。44歳のときだった。

工場の復旧優先は、被災もしている社員たちに、非情なような気もした。でも、決断する。そして、説いた。「義捐金を3億円、拠出する。県や市に必要とするものは、すべて提供しよう。ただ、工場の復旧は、我々にしかできない」。思わず、涙声になる。だが、うつむいて聞いていた社員たちが顔を上げ、喚声で応じたとき、地元企業になりきっていたことを、確信する。

震災後、首都圏などで計画停電が実施された。すると、コンビニなどが節電を進めるため、発光ダイオード(LED)による照明に切り替え始めた。自社にも、LEDがある。園芸商品の一つとして、夜にしか庭いじりができない人のために開発したイルミネーション用だ。

世の中の表面的な動きからでは、自分が何をすべきかは、写し取れない。都合のいいデータや解釈のみが目に入り、選択を誤らせる。だが、冷静な観察と分析があれば、進むべき道は浮かんでくる。震災後に調べると、日本の全消費電力の15%が照明用。そのすべてをLEDに替えれば、全体の6%分を節電できる、という。それは、原子力発電所21基分に相当する、と知った。

■一体感を醸成する「第三のボーナス」

LEDの主力工場は、中国の大連だ。3月末、山形まで車でいき、飛行機で羽田へ飛び、成田へ移動して大連便に乗る。着くと、大号令をかけ、フル生産を促す。競合メーカーが様子見を続けている間に、生産設備を発注、従業員も増やし、LED電球を量産する。今冬、各地でクリスマスシーズンを彩るLEDの多くが、そこから生まれた。

3年や5年の「中期経営計画」は立てない。28歳のときに勃発した石油危機時の経験で、「当然」「常識」と思われてきたことが、全く通用しなくなることも起きる、と知った。一時的な風向きよりも、長期的な潮の流れをみるようにしてはいるが、「3年先を読むことなど無理」と思う。ただ、投資は続ける。人々が困っていることや望んでいることから「こんな品があれば買いたい」という製品は、尽きることはない。社会の中に、自社の姿を静かに置いてみれば、景気動向とは関係なく、投資すべき対象はみえてくる。

「人莫鑑於流水、而鑑於止水。唯止能止衆止」(人は流水に鑑みる莫くして、止水に鑑みる。唯、止のみ能く衆止を止む)――流れる水は揺れて、人の姿を正しく映さないので、誰も鏡とはしない。でも、静止した水は、真の姿を写す。いつも止まった水のように静かで澄んだ心でいれば、社会の真の姿をとらえ、きちんと判断ができる、との意味だ。中国の古典『荘子』にある言葉で、大震災直後にみられた大山流の静かな決断と行動は、この教えと重なる。

実は、夏と冬の賞与のほかに「第三のボーナス」を出している。87年4月から、税引き後の利益の5%を、決算賞与に充てた。こちらは41歳のときの決断で、対象は主任以上の社員だ。2009年からは、社員たちの努力の成果がより反映されるように、原資を営業利益の4%に変えた。主任になるのは入社して約10年。収益への貢献度で額を決めるので、部下のほうが上司よりも多いケースも出る。

この「第三のボーナス」で、自社株を買えるようにもした。会社は誰のものか、と言えば、理屈では所有者つまり株主のものとなる。だが、会社は、経営者だけでは成り立たない。社員と経営者が一体化し、経営者と株主が一体化することが、理想だ。そう思うので、株式は上場しない。投機資金にもてあそばれるのは嫌だし、そんな株主に配当を払うよりは社員に払いたい。

世にある会社の問題点、不祥事などを観察すれば、会社と社員の関係が希薄で、針路を共有していないことが原因と映る。やはり、何よりも一体感が、重要だ。自社の企業理念の第三項も「働く社員にとって良い会社を目指し、会社が良くなると社員が良くなり、社員が良くなると会社が良くなる仕組みづくり」とした。

「止能止衆止」で得た答えだ。

消費者のため、地域のために、自分たちには何かできるのか。自社の持つノウハウや強みを、どう生かせばいいか。大震災から、もうすぐ3年。再び、思いはそこへ向かう。

最近、美味しくて安全なコメの生産と流通に、協力を始めた。製品を運ぶ輸送網で集荷し、工場で精米を引き受け、運び出す。宮城県内の農業生産ファームと共同で新会社を設立し、精米専用の工場も建設中で、来年6月には稼働する。

11月3日夜、自宅で、テレビにくぎ付けとなった。5年前からメーンスポンサー役を務める東北楽天イーグルスが、日本シリーズで勝ち、見事に日本一の栄冠を得た。監督と選手たちの一体感こそが、やはり勝利の原動力となった、と思う。

(アイリスオーヤマ会長 大山 健太郎 経済ジャーナリスト 街風隆雄 撮影=門間新弥)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング