親の介護「早く死んで」と願う私は冷血か
プレジデントオンライン / 2015年8月22日 14時15分
■親を敬愛する心が、完全に失われる日
介護ドキュメント(http://president.jp/articles/-/12179)の項でも書きましたが、私が父の介護をし、看取った時、「介護は悲しい努力だな」とつくづく思いました。
希望に向かってする努力、何か明るい結果を求めてする努力は、やり甲斐があるものです。親の介護が始まった時は、介護をする側も気が張っていますし、よりよい介護をすれば親の状態が良くなるのではないかという思いもあって、そうした前向きの努力をします。ケアマネージャーにアドバイスを求めたり、本やネットで情報を集めたりするなど、よい結果を求めて介護の知識や技術を身につけるわけです。
実際、その努力が報われるケースもないわけではありません。
適切な介護によって心身の状態が改善され、要介護度が軽くなる人もいる。寝たきりに近かった人が、散歩できるまでに回復することもあるそうです。心身の状態が良くならないまでも、親が何かに喜びを感じ笑顔を見せれば、子としてもうれしいもの。また、子が自分のためにしてくれていることを感謝し「ありがとう」のひと言でも言ってくれた時は、努力も報われたと感じることができます。
しかし、事態がそうした明るく前向きな方向に向かうことは圧倒的に少ない。
老いによって衰え要介護になるわけですから、体の状態が良くなることは望めず現状維持が精一杯。認知症が発症し進行するようにもなります。そうした状態の悪化に伴い、介護者の苦労、心身の疲労は増していきます。
私の場合は思いがけず父の病状の進行が速く、介護は実質1カ月半で終わりました。それでも精神的、肉体的に疲労困憊しましたし、介護に対する心境も変化していきました。
ある時は前向きになり、ある時は後ろ向きになる。
そんな具合で心境は日々微妙に変わりましたが、今あの1カ月半を振り返ると、大きく3期に分かれたように思います。
■最後は、死ぬ……。「悲しい努力」の徒労感
● 1期(最初の2週間)
ある日、父が突然寝たきりになり、介護は始まった時は事態に対応するだけで精一杯。ただ、ケアマネージャーをはじめ訪問看護師さんなども、父の状態を少しでも良くしようと尽力してくれたので、それを信じアドバイスに従いました。前向きの努力をしていたわけです。
● 2期(3~4週目)
それから2週間ほどすると、介護に必要な用品、受けるサービスなどの介護態勢は整いました。が、肝心の父はふさぎ込むようになった。また、不眠を訴え、私を夜中に頻繁に起こすようになったため、こちらも疲れが出てきました。まだ、状態は良くなるという望みは失っていませんでしたが、その一方で、こんな日々がいつまで続くのだろうという不安も生まれました。この頃から認知症の症状が出始めます。
● 3期(5週目以降)
その2週間後、つまり介護が始まって1カ月ほどした頃、認知症で父の言動がおかしくなり、「もう良くなるのは無理かもしれないな」と思うようになりました。そしてさらに2週間が経った頃、父の症状が急変し病院に搬送され、1カ月ほど入院した後、息を引きとりました。
父が亡くなった時はさまざまな感情が錯綜しました。もちろん最初に感じたのは悲しみです。会話の多い親子ではありませんでしたが、互いを理解していたと思いますし恩も感じていました。
その父を亡くした喪失感は大きかった。
ただ、その一方で、どこかに「これで介護は終わったんだ」という安堵感もありました。次に少し冷静になると「あの介護に忙殺された1カ月半はなんだったのだろう」という思いもふつふつと生まれました。徒労とは思いませんでしたが、した努力が好結果に結びつかなかったむなしさがどこかにあったのです。
介護に対する努力というものは、多くがこのように「死」で終わるものだと思います。だから「悲しい努力」と感じたわけです。
介護が1か月半という短期間で終わった私でさえ、こんなことを思う。数年にわたる長期間の介護をしている方、された方は私とは比べものにならない苦労、膨大な努力をしているはずです。そんなふうに思う方も多いのではないでしょうか。
■介護長期化で、親が死んでも「絶対許さない」
親しくなったケアマネージャーのFさんは言います。
「介護する方の性格や親子関係によっても異なりますが、介護が長期にわたる人の多くが、心のどこかで親の死を望んでいることを感じます」
介護ではさまざまな負の連鎖が起こります。
「老親の『シモの始末』平静を装う息子・娘と、『手を貸さぬ』人との軋轢」(http://president.jp/articles/-/15800)に書いたように家族で介護をする場合は、家族間での軋轢が生じることもある。兄弟で分担する場合は、負担の多寡で不仲になることもある。ひとりで背負い込んだ場合は、疲弊し日常生活や仕事にも影響が出る。
そのため、介護離職ということにでもなれば経済的にも困窮する。親子関係や認知症の症状などによっては、放置や虐待といった無残な状況にもなりかねない。
それらの解決策のひとつが施設で面倒を見てもらうことだが、それで親子が対立することもあるし、納得してくれたとしても特別養護老人ホームなど経済的な負担の軽い施設に入るのは順番待ちで入るのは不可能に近い。かといって入りやすい介護付き有料老人ホームなどは負担が重い。
そんなこんなで介護する人や家庭はさまざまな心労を抱え、追い詰められていくわけです。子が親の死を望むなんて倫理的には許されないことですが、追い詰められた人が心のどこかでそんなことを考えるのは無理もないことではないでしょうか。
介護が短期で終わるか、長期にわたるかの違いは、親の死後にも影響を与えるそうです。これも人によるそうですが、1年程度の短期で終われば、介護でさまざまな苦労をしたとしても、水に流せる。
「いろいろあったけど、いいお父さんだったね」
と死後も敬愛し続けられるそうです。
しかし、これが5年、6年といった長期にわたると、嫌なエピソード、たとえば、
「あの時、あんな酷いことを言われた」「こんな面倒をかけられた」
といったことが積もり積もって、死後も許せないと思い続ける人がいるとか。ここまで人間の感情を傷つける介護は悲しすぎます。
こうした状況についてFさんに問いかけると、
「これまで介護は要介護者のケアを主眼に置き、そのための施策に重点を行なってきました。もちろんそれも重要ですが、今後はケアラーのケアに力を入れていくべきだと思いますね」
という答えが返ってきました。
「ケアラー」とは初めて聞く言葉でしたが、介護をする人のことをいうそうです。
介護の主体は要介護者のケアを行なうケアラー。介護でさまざまな苦労やトラブルを背負い込み、悩み、精神的にも肉体的、金銭的にも追い詰められている人たちをケアする仕組みを考えなければ、より良い介護などできないというわけです。
ケアラーの支援の仕組みやそのための施策の研究などを行なっている「日本ケアラー連盟」という組織もあり、その重要性を啓蒙しているところだそうです。たしかに要介護者が増え続ける今後は、ケアラーにならざるを得ない人も増えるわけで、サポートする仕組みづくりは急務でしょう。
次回は、ケアラーのケアについて書こうと思います。
(ライター 相沢 光一)
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