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大企業が実践! 儲かるメンタルヘルス対策

プレジデントオンライン / 2015年10月5日 10時15分

■今年12月から社員のストレスチェックが義務化

メンタルヘルスが職場の大きな問題となって久しい。2014年の精神障害による労災請求件数は約1500件と増加傾向にある。社員のメンタルヘルス対策を導入する企業は増加し、政府は今年12月からストレスチェック制度の義務化をスタートさせる。

しかし、メンタルヘルス不調者や休職者、退職者は後を絶たず、現状は必ずしも効果のある対策が実施されているとは言い難い企業が多い。

「多くの企業の取り組みは休職者の復職ケアに留まっており、不調者がどんどん出てくれば堂々巡りを永遠に繰り返すだけ。行き詰まりを感じている事業所は多いと思います」

東京大学大学院精神保健学の川上憲人教授はそう指摘する。長時間労働の結果、うつ病にかかり社員が自殺したケースをめぐり争われた電通事件では遺族側が勝訴した。それ以来、企業は身を守るためにメンタルヘルス対策を行う傾向があった。

しかし、メンタルヘルス不調者を抱えることは、企業にとって大きなコストがかかっている。年収600万円の社員が6カ月休職した場合のコストは422万円と内閣府は試算している。社員の疲弊や士気の低下、経営者と従業員の信頼関係毀損によるマイナスもはかり知れない。企業はメンタルヘルス不調者のケアに留まらず、その発生を未然に防止し、社員を元気にするような対策が必要な時期にきている。

「単なる健康管理ではなく、経営の観点から従業員をいきいきさせることに主眼を置かないと、今後企業は生き残っていけない時代がくると思います。それにはポジティブな方向で組織風土と職場環境の改善を行っていくことが必要です」(川上教授)

従業員の健康増進やリスク管理に留まらず、企業が従業員を活性化し、業績に貢献するようなメンタルヘルス対策を追った。

■有休完全消化と残業削減が最優先の経営課題

11年に住商情報システムとCSKが経営統合して誕生したITサービス会社SCSKでは、働き方改革に取り組んでメンタルヘルス不調による休職者を減少させた。しかもその間、増収増益を続けている。

働き方改革に取り組んだきっかけは、中井戸信英会長が住友商事副社長から住商情報システムの社長に就任した09年にさかのぼる。

IT業界では長時間労働や残業の多さが慢性的な課題となっている。SCSKもその例外ではなく、さまざまな対策は打つものの十分な成果を得られていない状況があった。

「就任したとき、中井戸は職場環境の悪さに驚いたと言っています。1人ひとりの執務スペースは狭く、昼休みには机の上に突っ伏して昼寝をしている人が多いと。社員が働きやすい環境をつくれば生産性が高まり、最終的に企業価値の上昇につながるという考えを持っていた中井戸の主導で、働き方改革は始まりました」(SCSK人事グループ 新開和磨人事厚生部長)

10年に本社を移転し、社員食堂や社内診療所、リラクセーションルーム等を設置。さらに、社員1人当たりの執務スペースを1.5倍に広げ、快適な空間づくりに取り組んだ。

そのうえで、働き方改革として残業半減運動、在宅勤務制度の拡充などさまざまな施策が実施された。

なかでも効果が大きかったのは13年4月からスタートした「スマートワーク・チャレンジ20」である。これは年間有給休暇取得日数20日の完全消化と、当時約27時間だった月間平均残業時間を20時間以下にすることを目標に掲げた取り組みで、社内ではスマチャレと呼ばれている。

「スマチャレの特徴は残業手当が支払われる一般の社員だけでなく、管理職も対象に含めていること。そして全役員が出席する会議で月に2回、残業時間の実績や予想、有給休暇の実績を部署別に報告しました。売り上げや営業利益などと同等、もしくはそれ以上に重要な経営指標として扱われたのです。そして何より社員の心に訴えたことが成功の理由でしょう」(SCSK人事グループ 山口功ライフサポート推進室長)

会議で残業の多い部署があると、中井戸会長が部門長に「号令だけでは解決しない。タイムマネジメントは事業マネジメントの基本中の基本。自ら現場で何が起きているのか確認し、根本的な対策を打て」と指示を出した。こうした会議での発言内容は社内のイントラネットに掲載され、全社員にトップの方針と本気さが伝えられた。

一方、残業を減らすには業務の整理や効率化が必須である。SCSKには数百~1000人を超える社員から成る事業部門が8部門。具体的な業務効率化の取り組みは各部門で役員層が実行主体となり進められた。

「残業半減運動を実施した際、各部署で効果が高かった取り組み施策は『業務の見直し 負荷分散』でした。多忙なプロジェクトへの人員投入や組織統合による業務の集約、業務のアウトソースなどです。これはマネジメントの基本で、特に目新しいことではないのですが」(山口室長)

目新しくはないが、権限を持つ責任者がきちんと自部門を見ることで、業務の見直しや適正な人員配置が可能になったといえる。

こうした取り組みに対し、当初は「残業が減ると収入も減ってしまう」という社員の懸念もあった。そこでスマチャレをスタートする際、残業削減で浮いた残業手当はすべてインセンティブとして賞与で還元することを約束。社員の懸念を払拭するとともに、働き方改革が単なる経費削減策を目的とした取り組みではない姿勢を示した。

以上のSCSKの働き方改革は、どんな成果を生み出したか。まずスマチャレの目標であった「年間有給休暇の取得日数20日、月間平均の残業時間20時間以下」は14年度に達成。そして残業時間の減少と軌を一にするように、メンタルヘルス不調を理由に休職した社員は10年の52人から14年は28人に減少した。精神科産業医の選任やカウンセリングルームの設置といった施策も同時に行ってきた。

この間、業績は増収増益を続けたうえに、社員意識調査で「今後も働き続けたいと思う」人が12年度の76%から14年度は87%にアップ。「仕事とプライベートの調和を実現できている」人は67%から80%へと上昇し(社員意識調査より)、社員満足度が向上している。社員が働きやすい環境をつくれば生産性が高まり、企業価値も向上するという出発点からすると、狙い通りの成果が得られている。

■人事部主導で進める“倒れさせない”異動者向けのケア

トップ主導のSCSKに対し、KDDIでは人事部の労務グループが中心となってメンタルヘルス教育に取り組み、精神不調による休職者を減少させている。

「12年に私が現職に赴任したとき、社員のメンタルヘルスケアは産業医に任せっぱなし。メンタルヘルス不調で休職している従業員数を見て驚きました。人が休むということは生産力のダウンですから、休職者の増加は未然に防がなければいけない」(KDDI総務・人事本部人事部 労務グループリーダー 武重仁之氏)

まず着手したのがeラーニングだ。当時、武重氏と同様の問題意識を持っていた労務グループの担当者は、過去3年の間に休職した社員のケースを1つひとつ洗い出した。一般に販売されている教材ではなく、自社の実態を踏まえた独自の教材を作成するためである。その調査内容に基づき、管理職向けラインケアと異動者向けセルフケアの双方へのeラーニングを作成し、リリースした。

「当時はまだメンタルヘルス予防の知識が不十分だった管理職層に対して『こんなケースのとき、どう対応すればよいか』と考えさせるようなeラーニングを展開しました。また、調査していくうちに7月にダウンする人が顕著に多いことがわかりました。4月に人事異動した人がだいたい3カ月後にダウンしていたのです。そこで人事異動した人に向け、異動後1カ月以内に受けてもらうeラーニングを作成しました」(武重氏)

異動者向けのeラーニングは好評で、該当者以外にも口コミで広がり、多くの社員が受講している。

また、14年度からはメンタルヘルス不調による休職者が多い部署を本部単位で3本部ピックアップし、管理職対象の集合研修を実施した。

「職場で直接接している管理職が早く気付かないと、本人も気付かず症状が悪化する恐れがあります。メンタルヘルス不調のチェックポイントと、放置するとどんなリスクがあるかといったお話をしています」(同マネージャー 香取由美子氏)

(上)SCSKのリラクセーションルームは、社員は20分500円、40分1000円で利用できる。(右)数室あるカウンセリングルーム。(左)KDDIでは、精神科産業医による社員向けセミナーが行われる。

しかし、休職者が多く出るほど業務で忙殺されている部門の管理職に対し、集合研修への参加を依頼してもなかなか受け入れられないのが現実。そこで、武重氏は人事部長とともに各本部の部長のところへ直接足を運び、「こういう状況になっているので参加してください」と危機感を持たせるよう説明を重ねた。なかなか理解を示してくれない管理職もいたが、対策を取らないときのマイナス面を数字で示し、伝えた。結果、集合研修への参加率は90%を超えた。

■3年間で休職者が3分の2に減

こうした取り組みに加え、精神科産業医の増員や長時間労働者に対する面談も充実させた。結果、eラーニングをスタートした12年と15年3月末を比べると、メンタル不調による休職者はおよそ3分の2に減少。具体的な人数は公表していないが、少なくともそれだけの生産力ダウンを防いだことになる。

「金額は会社の売り上げからすると微々たるものかもしれません。でも人が倒れる会社と倒れないようフォローする会社では、社員の会社に対する信頼が違ってくる。その変化が大きいと思います」(武重氏)

社員を大切にする姿勢を示し、信頼関係を築くうえでもメンタルヘルス不調を未然に防止する施策の導入は意義があるといえる。それは同時に、組織をいきいきと活性化する基盤づくりにもつながるであろう。

(経済ジャーナリスト 宮内 健)

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