ゴールドマン・サックスが教えを請うた「世界一のラグビー監督」熱血指導法
プレジデントオンライン / 2016年6月3日 12時15分
■ラグビーとビジネスの共通点
――2016年1月からエディー・ジョーンズ氏をゴールドマン・サックス日本法人のアドバイザリーボードに迎えられたとのことですが。
【持田昌典氏(以下、持田)】2015年の秋に、アジア地域の幹部が集まる会議で講演をお願いしたことがきっかけです。リーダーシップや人材育成など貴重なお話をいただきました。大変僭越ながら、お考えが私と似ている、と感じたのです。ぜひ社員にも話を聞いてもらいたいと思い、アドバイザリーボードへの就任をお願いしました。
【エディー・ジョーンズ氏(以下、エディー)】分野は違いますが、共通点は多々あります。ゴールドマン・サックスは、競争相手と戦いながらパフォーマンスを上げなければならない会社です。ラグビーも同じ。すべてはどれだけのパフォーマンスを出せるかにかかっています。そして、そのプロセスも同様です。複数の人間が同じ考えのもと行動し、パフォーマンスを上げてもらわなくてはなりません。
――チーム、組織がパフォーマンスを高める、つまり結果を出すために、一番大切なものはなんだと思いますか?
【エディー】なんといっても準備です。私の属しているスポーツの世界では、身体面での準備は不可欠ですが、メンタル面の準備も重要です。勝つためには、まず自分自身をよく知らなければいけないし、相手はどういう存在かも知らなければなりません。また、自分が置かれている環境についてもよく知らなければいけない。これらすべてについて準備を整えるということです。これはビジネスも同じだと思います。
【持田】同感です。やはり準備が一番大切だと思いますね。我々の世界でいうと、例えば財務省が日本郵政グループのIPO(新規公開株)のグローバルコーディネーターを選定する、となれば、プレゼンテーションだけでなく、あらゆる角度から入念な準備をします。我々の準備にかける執念は、すごいものがあると自負しています。
――メンバーに対し、具体的にどのような準備をさせるのですか?
【持田】組織によって目指すところは違いますが、我々の会社でいえば、「勝つことの重要性」をメンバーにいかに浸透させるかにかかっています。といっても、ただ勝てばいいわけではなく、「勝つということは、お客様に貢献してお客様が我々を評価することである」といった目的を明確にし、チームでしっかりと共有することが大切です。
【エディー】持田さんがおっしゃる通りです。チーム、組織を動かし、結果を出すためには、目的が明確であることが大切です。我々はこれからなにをしようとしているのか、どうやってやろうとしているのか、どんな形で勝ちにいこうとしているのかを全員に理解させる。その中で、チームメンバーがそれぞれ、どんな役割を果たすのかを理解させることが非常に重要です。そして、これらを行うのがリーダーの役割なのです。
■勝って日本のラグビーの歴史を変えよう
【持田】ラグビー日本代表チームのW杯での躍進は「勝ち方を知る」リーダーの力が大きかったのではないでしょうか。
【エディー】確かに「勝つ」ことは、日本代表チームにとって、特別なことでした。ワールドカップで勝ったことは1991年以来一度もなかった上に、初戦の相手は世界ランキング三位の南アフリカでしたから。人間というのは誰もが、なにか特別なこと、サムシングスペシャルに関わりたい、という願望を持っているものです。なにか特別なことに関わることは、自分が変われるということだからです。「勝って日本のラグビーの歴史を変えよう」という目標は、個々人が持つ能力の限界を超えた力を引き出す大きな動機づけとなったのです。
【持田】とはいえ「絶対負ける」と思い込んでいるチームを勝たせるというのは並大抵のことではありません。私は慶應大学時代、ラグビー部の副将をやっていました。その頃は早稲田大学のラグビー部が強くて、在学時代は早稲田に一度も勝てませんでした。ですが、大学4年の試合で、一度だけ早稲田に勝ちそうになったことがありました。しかし、ラスト5分、最後の最後に逆転されて負けてしまった。やはり「勝つ」ことを信じられなかったのです。
【エディー】それはやはり負け癖がついていたのです。試合終盤、勝利目前という場面でも、負け癖がついていると「ミスをするかも」といった考えが頭に浮かび、それが体を硬くさせてしまい、ミスにつながってしまうのです。南アフリカ戦の直後、主将のリーチ マイケルが「最後の七分はまるで練習のようだったよ」と言っていました。この言葉は、これまで私が選手から聞いた中で一番嬉しい言葉でした。我々は最後の七分で勝つためのトレーニングを繰り返しやってきたからです。
【持田】やはり、「勝つ準備」ができていたんですね。ただ、私は大学最後の試合で、負けてよかったと今では思っています。あのとき勝っていたら、今の自分はなかったからです。卒業後は第一勧業銀行に就職し、英語を猛勉強し、米ペンシルバニア大学ウォートン校のビジネススクールにも行きましたが、常に「一番になりたい」という気持ちが強くありました。そこで、ゴールドマン・サックスを日本で一番にしよう、と思い、ここまでやってきました。
■誰もが持つ“悪魔=自分の限界”を引き出す
――選手の起用に関しては、どういった面を重視されていますか?
【エディー】飛びぬけたスキルや才能を持っていることも重要ですが、それ以上に「成長したい」という意欲を持っていて、つらい練習も耐えられるかどうかを重視します。別な言い方をすれば、成功することに強烈な飢餓感を持っている人。ハングリーな人ですね。
「人間は誰しもどこかに悪魔を抱えている」などと言いますが、人によってはその“悪魔”がすぐに出てくる場合もあるし、ずっと奥の方にいて一生懸命引っ張り出さないと出てこない場合もあります。
――“悪魔”というのは、なにか自分の限界を超えるとてつもない力のことですね。
【エディー】その通りです。それは誰もが持っているものです。しかし、快適な人生を送っていると、“悪魔”はなかなか出てきません。それを引き出すほうも大変ですし、引き出されるほうも痛みを伴います。恵まれた環境にあった日本人選手たちに対して、私は敢えて厳しい環境をつくりました。肉体的にも厳しいトレーニングを強制し、精神的にもかなり追い詰めることで、その“悪魔”を引き出そうとしたのです。
【持田】エディーさんは、そうしたハングリーさを持った人を見出すことが得意な方ですし、実際にそういう人からすごい力を引き出しますよね。日本代表の試合を見ていて、アマナキ・レレイ・マフィ選手はすごいものを持っている気がしました。彼などは逆境にあったのではないかと感じたのですが。
【エディー】おっしゃる通り。マフィ選手は兄弟が15人いて、生活がとても苦しかったと聞いています。こうした選手は、こちらが何かを与えると、特別なものを返してくれます。とても信頼できるプレーヤーですよ。
【持田】私も新卒採用の際は同じような部分を見ています。苦労をしているというのはもちろん、社会や国際経済に貢献したいとか、理由はなんでもいいのですが、入社時からしっかりと働く決意がある人はやはり長続きします。なかなか見分けるのは難しいものですが。
――エディーさんも持田社長もリーダーシップを発揮し、チーム、組織を成功に導き、結果を出し続けていらっしゃいます。その意味では、“悪魔”というか、どこかハングリーな部分をお持ちなのではないかと思います。ご自身ではどう思われますか。
【持田】それはもう、間違いなくあります。僕は高校1年のときに母を亡くしています。比較的裕福な家だったのですが、大学2年のときに父の会社が倒産しました。慶應の付属小学校である幼稚舎出身で大学まで慶応に行きましたが、恵まれた環境にある同級生たちとは常に違うと感じていました。
【エディー】子ども時代は比較的恵まれた環境にいましたが、私は常にほかの子とは違っていたと思います。というのも、私はオーストラリア人と日系アメリカ人の間の子どもでしたし、体もオーストラリアの選手たちに比べて小さかったからです。スポーツで自分が成功するためには、ほかの人以上にがんばらなくてはいけませんし、よりハードに練習して準備をしなくてはならかった。そこで、どうしたら弱点を克服することができるか、困難を乗り越えられるかを考えるようになり、その道を見出すことができるようになりました。
■組織は「枠組み」づくりから始まる
――リーダーシップを発揮する際に、ご自身の個性をどの程度出されますか?
【エディー】チームの監督としてリーダーシップを発揮するうえでは、自分の個性をある程度上から押し付けるという部分も必要です。私は「このチームを絶対に勝つチームにしたい」という気持ちと、「魅力的なラグビーをしてほしい」という気持ちだけは、私の個性として選手たちに押し付けていました。一方で、選手一人ひとりの持つ能力を最大限発揮してもらうために、それぞれの個性を見るマネジメントスキルも必要です。
――組織としての方向性を保ち、メンバーの個性や自主性を発揮させるためにどのようなマネジメントをされていますか。
【エディー】監督としてやらなければならないことは、基本的な「枠組み」を作ることです。選手にはその枠組みの範囲内で、自主的に判断させ行動させています。枠組みを作っておけば、選手同士、何を意図して行動しているのか理解し合うことができるので、方向性がぶれることがありません。ただ、突出した素晴らしい選手には、枠組みを外れたプレーをさせることがあります。ただ、そうした選手は10%以内に抑えないと、みんなが勝手なことをやりだしてしまいますので、注意が必要です。
――枠組みとは具体的にはどんなものでしょうか?
【エディー】どんなプレーをするのか、どんな行動をするのか、についての哲学のようなものです。枠組みの中には、絶対に譲れない交渉不可能なものと、交渉可能なものを設け、交渉可能な枠組みのほうを動かすようにしています。ゴールドマン・サックスもそうした文化が広まっているように感じました。
【持田】そうですね「それはノンネゴシアブルだ」という部分は明確にありますね。そのほうがわかりやすいんです。交渉不可能となったことについては、考える必要がなくなるわけですから。
――例えば、日本代表チームでは、どのようなことが交渉不可能だったのですか。
【エディー】とてもシンプルなルールです。例えば、時間厳守。日本人選手は五分前行動が身についていて、ほぼ時間通りに集まりますが、外国人選手は必ずしもそうではありません。このような交渉不可能な決まりがあることで、チームのまとまりが生まれます。強いチームをつくるときには、こういった一見些細なことと思われるようなことが一番大切なのです。
【持田】そういえば、外国人選手も試合前に国歌を歌っていました。
【エディー】はい。外国人選手にも日本のためにプレーすることに誇りを持ってもらうため、『君が代』のレッスンをしました。また、遠征先のホテルに入るときなどには、日本代表チームのウエアを着ることを義務付けました。日本には制服文化があります。日本のビジネスマンはみなさん同じようなスーツを着ていますよね。どれも小さなことですが、チームの一体感を保つためにはとても大事なことなんです。
■“賢く”がんばれば勝つことができる
――日本企業でも外国人社員が増えていて、ダイバーシティの問題は取り組むべき経営課題の一つとなっています。
【持田】チームをつくるうえで多様化を認め、バックグラウンドの異なる人を集めないと、長期的に勝ち続ける強さは得られないです。我々も、最近はさまざまな経歴を持った人を採用するように変わってきていますね。一方で、先ほどもお話ししたような準備に対するこだわりなど絶対に譲れない部分は強調して徹底させています。そこが弊社でいう「交渉不可能な枠組み」かもしれません。しかし、うちの社員は時間には割とルーズ。これは厳しく言ってもダメですね……。ギリギリまで準備をやっているから遅くなってしまうのかもしれませんが(笑)。
――最後に読者に向けてメッセージをお願いします。
【エディー】日本代表はワールドカップで絶対に勝てないだろうと思われていましたが、勝つことができました。自分の強さを理解し、そして、相手方の弱点を攻める方法を知り、そして、失敗を恐れないという気持ちを100%持てば、勝つことができるのです。ただし、ただ一生懸命がんばればいい、というわけではありません。私は「がんばれ」という日本語をあまり使いたくありません。もちろん、一生懸命ハードに取り組まなければなりませんが、賢く、なにより楽しんでやってほしいと考えているからです。どうぞ“賢く”がんばってください。
【持田】ワールドカップでラグビー日本代表に奇跡的勝利をもたらしたエディーさんは日本を離れ、わずか数カ月後にヨーロッパのラグビー強豪六カ国の対抗戦であるシックスネーションズでイングランド代表を13年ぶりの全勝優勝に導いています。結局、大切なのは今です。過去が良かろうが悪かろうが、関係ありません。ここからが勝負です。今というのは絶えず進んでいく。最大限自分のしたいことを今からやるしかない、いつもそう思っています。
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ゴールドマン・サックス日本法人社長
1954年、東京都生まれ。77年慶應義塾大大学経済学部に入学。体育会ラグビー部に所属し、3年時には学生日本代表、4年時には副将を務めた。大学卒業後、第一勧業銀行に入行。ペンシルバニア大学ウォートン・スクールに留学。85年ゴールドマン・サックスへ入社。2001年から日本法人代表に就任。アジア人で唯一の米国本社経営委員会のメンバー。
エディー・ジョーンズ
ラグビーイングランド代表HC
1960年、オーストラリア生まれ。母は日系アメリカ人2世。妻は日本人の日本語教師。シドニー大学では体育学を専攻。1982年シドニー大学を卒業し、高校で体育教師となる。学校長を務めた後、1996年、東海大学ラグビー部のコーチに就任し、指導者としてのキャリアをスタート。2001年オーストラリア代表(ワラビーズ)のHCに就任。03年ワールドカップで準優勝。07年、南アフリカ代表(スプリングボクス)のチームアドバイザーに就任し、07年のワールドカップ優勝に貢献。12年からは日本代表のHCとなり、15年9月ワールドカップでの大躍進に貢献。15年11月からはイングランド代表HCに就任し、今年3月のシックスネーションズではチームを13年ぶりの全勝優勝に導いた。
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(ラグビーイングランド代表HC Eddie Jones、ゴールドマン・サックス日本法人社長 持田 昌典)
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