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経済小説家はどうやって最先端の経済情報を入手するのか?

プレジデントオンライン / 2017年1月5日 9時15分

読み込んだ判決文とEuromoneyの記事。

私は今般『国家とハイエナ』という書き下ろしの国際金融小説を上梓した。破たんした国家の債務を二束三文で買って、金利やペナルティを含めた全額を支払えと欧米の裁判所で訴え、債務国の外貨準備、原油タンカー、航空機、政治家の隠し資産、はては人工衛星打ち上げ契約まで差し押さえて、投資額の20倍、30倍のリターンを上げるヘッジファンドの話である。こうした「ハイエナ・ファンド」は米国に何十もあり、代表的なものが「共和党のキングメーカー」の異名をとるポール・シンガー氏(推定個人資産約2500億円)のエリオット・マネジメント(以下エリオットと略)だ。同ファンドは、ペルー、コンゴ共和国、ギリシャ、アルゼンチンなどを相手に、次々と勝利を収めてきた。今年4月に決着したアルゼンチンとの15年戦争では、1億8500万ドル程度で買ったアルゼンチン国債で22億8000万ドルの利益を上げた(ブルームバーグの報道などから推定)。

■公開情報を徹底して追う

経済小説は人が知らない最先端あるいは裏の世界を書かないと読んでもらえない。

こうした情報を入手する上で最も重要なソースは、実は誰でもアクセスできる公開情報だ。これはビジネスでも外交でも同じである。しかし、日本の新聞やテレビは最初から結論ありきで、かつ日本人の先入観や偏見に沿ったニュースしか報道しない。アルゼンチンとエリオットの15年戦争も、世界を揺るがした「世紀の金融バトル」だったが、日本ではほとんど報道されなかった。世界を知るには、英米の新聞・雑誌を日常的に読むことが欠かせない。

私がハイエナ・ファンドの存在を知ったのは英国で発行されている「Euromoney」という月刊の国際金融誌の2006年9月号を読んでいたときだった。コンゴ共和国が債権者の差し押さえを免れるために、タックスヘイブンのペーパーカンパニーをいくつも介在させて原油の輸出をカモフラージュし、それを見破ったエリオットが原油のタンカーを差し押さえ、さらにコンゴに輸出前貸しを提供していたフランスの大手金融機関BNPパリバを米組織犯罪規制法で法廷に引きずり出し、投資額の約16倍の利益を上げたという内容で、「こんな連中がいるのか!」と驚いた。エリオットはまた、ペルー政府とも戦い、ペルーが他の債権保有者に支払いをしようとして国際決済機関であるユーロクリア社に送金した資金をベルギーの裁判所の命令にもとづいてインターセプトし、債権を回収したという。なお「Euromoney」は1冊5000円くらいする馬鹿高い雑誌なので、私は図書館で読んでいる。

■英米の判決文は情報の宝庫

作家の黒木亮氏

「Euromoney」の内容に衝撃を受け、是非このテーマで書いてみようと思い、情報収集を始めた。ここで最も役立ったのは、英米の判決文である。これらもインターネットで簡単に入手できる公開情報だ。エリオット以外にも、ダート・マネジメント、アウレリアス・キャピタル、デビッドソン・ケンプナーなど数多くのハイエナ・ファンドが存在するが、そうしたファンドの一つ、ドネガル・インターナショナルがザンビア政府を搾り取って、投資額の5倍のリターンを上げた事件の詳細は、英国の裁判所の137ページに及ぶ判決文で知った。判決文には、関係者の経歴、誰がいつどこで何を喋り、何をしたか、いつどんな契約が結ばれ、どんな内容だったか、といった事柄が詳細に書かれているので、問題を理解・整理する上で非常に役立つ。エリオットがコンゴ共和国を搾り取った案件についても、やはり英国の47ページの判決文があり、これを繰り返し読んだ。ハイエナ・ファンドの武器は訴訟であり、1件の債権回収案件ごとに世界中で何十もの訴訟や申し立てを機関銃のように乱射する。欧米では訴状、判決文、裁判所の決定文などが公開されているので、これらを利用することで相当な情報を入手することができる。

■馬鹿にできないグーグルの検索とアラート機能

私は以前、factivaという世界中の3万以上の新聞や雑誌を過去数十年間に遡って検索できる英語のデータベースを使っていた。しかし、個人契約ができず、費用も年間120万円ぐらいと高かった。これに対し、最近はグーグルの検索機能が向上し、たとえば記事が出た日や期間を特定して検索ができるようになったので、過去20年ぐらいの情報については、これで事足りるようになった。また「アラート」という特定の語を登録しておくと、その語が入っている記事を毎日配信してくれる無料のサービスもある。

アラート機能はアルゼンチンとエリオットの闘いをフォローする上で、非常に役立った。エリオットが傘下のNMLキャピタルを通じてデフォルトしたアルゼンチン国債を買い集めたのは2001年頃からである。ニューヨーク州連邦地裁の勝訴判決を獲って、返済を迫るエリオットに対し、フェルナンデス前大統領は一切の交渉を拒否し、戦いは15年近く膠着状態になり、もう永遠に解決しないのではないかと思われた。

しかし、ハイエナ・ファンドとの訴訟でアルゼンチンは国際金融市場から閉め出されて経済が悪化し、2014年には再びデフォルトに陥った。その結果、昨年11月の大統領選挙で野党候補のマウリシオ・マクリが当選し、ハイエナ・ファンドとの交渉のテーブルにつき、約2か月間の集中的な話し合いの末に、紛争は劇的な解決を見た。この間、私のメールアドレスには、グーグルのアラート機能で毎日いくつものニュースが飛び込んできて、シーソー・ゲームのような交渉をリアルタイムでフォローすることができた。毎日飛び込んでくるニュースを見て、知的興奮を覚えながら執筆を進めるのは、作家冥利に尽きる体験だった。

もちろん今もアラート機能はフルに使っている。現在執筆中や今後執筆する予定の作品に関する情報を毎日自動的に入手している。

私は一つの作品を書くときスーツケース2個分くらいの資料と100冊くらいの本を読むが、最初から最後まで丁寧に読むのは精々2割であり、あとはざっと一通り目を通して、必要なところだけを重点的に読む。

資料にしろ本にしろ、最初から最後まで全部が、自分が必要とする情報であることはまずない。自分にとって必要な箇所を素早く見つけることが大切である。そもそもスーツケース2個分と100冊の本を最初から最後まで読んだら、それだけで1年以上かかる。松本清張さんの対談録や清張さんを知る人のエッセイなどを読んでも、清張さんもそういう資料の読み方をしていたことが分かる。

(作家 黒木 亮)

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