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仕事に役立つ「古典」の読み方

プレジデントオンライン / 2017年4月1日 11時15分

『読書は格闘技』瀧本哲史(集英社、本体価格1000円+税)

「教養は武器になる」。『読書は格闘技』の著者、瀧本哲史氏はこれまでの著作でそう主張してきた。では教養を培うには何をすべきか。そのひとつが読書だ。著者の語りは絶対ではない。内容を疑い、思考を深めるのが、真の読書である。そのためには格闘する価値のある「良書」を選ぶ必要がある。賢人は、どう選び、どう読むのか──。

■なぜリーダーたちは『君主論』を愛するか

よく年長者は「古典を読め」と言います。しかし、そう言う人ほど古典をきちんと読めていません。私は新著『読書は格闘技』(集英社)で、本当に役立つ読書術を解説しました。今回はそこから「古典」の読み方を紹介しましょう。

古典を理解するには、その書がどのような人物によって、どのような文脈で書かれたかを知ることが重要です。ここではマキアヴェリの『君主論』を例にとります。『君主論』は、タイトルはよく知られているにもかかわらず、実際にはあまり読まれていないうえ、評判の悪い本です。しかし古今東西の多くのリーダーが愛読書としてきました。なぜでしょうか。

著者のマキアヴェリは、イタリア・フィレンツェ共和国の官僚でした。大学は出ていませんでしたが、卓越したラテン語能力を買われ、運良く任官できました。ところが15世紀末のイタリアはいわば戦国時代。突如スペインの攻撃を受けたフィレンツェでは、クーデターが起き、マキアヴェリは騒ぎに巻き込まれ、冤罪で職を解かれ、収監されてしまいます。

そんな中、メディチ家が新国家を建設するという噂を聞きつけたマキアヴェリは、新国家と君主の在り方についての書物を献呈することで再就職しようと、半年足らずで『君主論』を書き上げます。『君主論』の評判が悪いのは、反道徳的なフレーズがちりばめてあるからです。第18章には「賢明な君主は信義を守るのが自らにとって不都合で、約束をした際の根拠が失われたような場合、信義を守ることができないし、守るべきではない」とあります。しかし時代背景を知ると、もう少し違う見方ができるのです。

「君主は信義を守るべきではない」というフレーズの後には、「もし人間がすべて善人であるならば、このような勧告は良くないであろうが、人間は邪悪で君主に対する信義を守らない」という理由が展開されています。マキアヴェリの身に降りかかった事実を考えれば、この言葉は重みを増します。

現代にたとえるならば、ベンチャー企業で社長の参謀役をやっていたが、優柔不断なトップが夜逃げをして、債権者に詰め寄られたという経験をもつ男が、厳しい環境でも生き抜けるリーダーを渇望して書いた本。それが『君主論』という本なのです。

■その自慢話のなかに「血と汗」はあるか

挫折、失敗を経験した人が「職を得るため」という特殊な目的のために書いたメッセージが、意外にも古典になるという例はほかにもあります。古代中国の『韓非子』は、性悪説にたって儒教を批判し、人間の欲望と恐怖に基づいて絶対的権力の必要性を唱えました。現代の中国にも影響を及ぼしている古典ですが、著者の韓非は、小国の諸公子という立場に満足せず、隣国である秦の王(後の始皇帝)に取り立ててもらうために『韓非子』を書いたのです。

書店には、成功した人物が書いた自慢話風の「天国のような話」が並んでいます。しかし、本当に天国に行く方法を知りたいのであれば、地獄を見た人の「血と汗」で書かれた本を読むべきです。

読書とは、著者の考え方を無批判に受け取るものではありません。著者の語っていることを「本当にそうなのか」と疑い、自分の考えをつくる知的プロセスです。だから私は著書に『読書は格闘技』という書名をつけたのです。

古典として残っている本の多くは、格闘する価値のある「良書」です。ただ、読みこなすためには歴史を知る必要があります。『君主論』を読むにはローマ史の知識が不可欠ですが、ほとんどの読者にその時間はないでしょう。その場合、上質な解説書に目を通しておくと、古典を読むうえで大きな助けになります。『君主論』では、小学校の権力争いに置き換えた『よいこの君主論』(ちくま文庫)という便利な本があります。また塩野七生の『わが友マキアヴェッリ』(新潮文庫)も面白い。ほかの古典を読む際には、中央公論新社の「世界の名著」や講談社学術文庫に再録されている「人類の知的遺産」のシリーズに目を通すと理解が深まります。

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<時代背景を知らなければ「古典」は理解できない>

例:『君主論』の場合


『新訳君主論』マキアヴェリ著 池田 廉訳(中公文庫)

著者マキアヴェリの父は弁護士。中流階級出身で、独学でラテン語などを学んだ

15世紀末のフィレンツェ共和国の官僚となり、軍事行動の立案や実行などに関わる

44歳のとき、クーデター騒ぎに巻き込まれ、冤罪で収監される

メディチ家の新国家建設に際し、再就職のため半年足らずで『君主論』を書き上げる

独学の非エリートが書いた「エントリーシート」として読むべき!

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■「失敗の本質」にあり司馬作品にないもの

「歴史が重要だ」というと、司馬遼太郎の作品を思い浮かべる人も多いようです。しかし司馬遼太郎の作品はあくまでフィクションです。高度成長期の人々の世界観に合うように、史実にない要素が書き加えられています。「こうであってほしい」という物語は、あくまで道徳的な価値観を強化するだけで、意思決定の鍛錬には役立ちません。司馬作品は小説としては評価できますが、ビジネススキルを養える本とはいえないでしょう。

一方で、ビジネスパーソンに人気が高く、意思決定を鍛えるうえで役立つ本としては、『失敗の本質』(中公文庫)が挙げられます。副題は「日本軍の組織論的研究」。

「ミッドウェー作戦」「ガダルカナル作戦」など6つの戦いから、日本軍と米国軍の組織的な特質を比較しています。70年以上前の史実ですが、多くの読者にとっては、ローマ史や古代中国史よりも身近で、想像しやすいはずです。

またこの10年程度の歴史的な事実を調べ、自分なりに理解してみるというのも大変有用です。それは「未来の古典を自分で書く」という作業にほかなりません。

たとえば数年前の雑誌や書籍に掲載されている著名経営者のインタビューを読み直し、現在の業容と照らし合わせてみましょう。嘘つきと正直者のうち、経営者として生き残っているのはどちらなのか。この10年の「ビジネス史」を振り返る作業は、マキアヴェリが「ローマ史」から政治思想を練り上げたのと同じです。

読書で得た経験がすぐに役立つとは限りません。しかし人生で課題にぶつかったとき、培った教養は頼もしい武器となります。ぜひ本との格闘に挑んでください。

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瀧本哲史
京都大学産官学連携本部イノベーション・マネジメント・サイエンス研究部門客員准教授。東京大学法学部卒業。マッキンゼー&カンパニーを経て独立。著書に『僕は君たちに武器を配りたい』(講談社)、『戦略がすべて』(新潮新書)などがある。
 

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(京都大学客員准教授、エンジェル投資家 瀧本 哲史 國貞文隆=構成)

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