半年後、TPPはどうなっているのか
プレジデントオンライン / 2017年6月2日 15時15分
■米国離脱後始動したTPP11
今年1月23日、トランプ大統領が「TPP協定から離脱する」という大統領令に署名し、世界中に衝撃が走った。あれから4カ月。TPPはどこへ向かっているのか。
TPPとは、環太平洋地域でビジネスがしやすくなるよう、障壁を減らすための条件やルールを定めた協定である。参加国の企業や個人が貿易や投資、サービス提供などを、これまでよりもスムーズに行えるようになる。
製造業は、域内で生産する「メード・イン・TPP」製品が税制面で優遇される。工場進出する外国の幅が広がるだけでなく、空洞化がすすんできた国内に拠点を残すメリットも出てくる。小売りにとっては、外資規制が厳しく、国有企業を優遇してきたマレーシアやベトナム、ブルネイなどで緩和がすすみ、アジア市場のビジネス環境が改善する。消費者のメリットも大きい。輸入される農産物の関税が低くなり、工業品関税は99.9%撤廃される。
5年の歳月をかけ協議してきたTPPの協定文書には、昨年2月、日米豪などの12カ国の代表が署名済みである。署名したからといって、契約文書がすぐに効力を発するわけではない。発効のためには、「全参加国のGDPの85%を占める6カ国以上の承認」が必要条件となっている。途中でいくつかの国が抜けて、域内の経済規模が小さくなれば、国内の既得権益を妥協させてまで締結する意味が薄れるからだ。
各国は発効に向け、協定の合意内容について議論し、承認手続きをすすめていた。昨年12月9日、日本の国会で承認されたのは記憶に新しい。
ところが、である。冒頭に記したように、トランプがTPPからの離脱を宣言したのだ。多国間のTPPから、2カ国交渉を優先する通商政策への方針転換である。
ただし米国のTPP離脱によって、協定にある契約内容が無効になったわけでは決してない。問題は1国で参加12カ国のGDPの65%を占める米国の離脱により、発効に必要な「GDP85%以上」の条件が満たせなくなってしまった点だ。
米国抜きでTPPを発効するにはどうすればいいか。発効要件を緩和し、見直した協定に11カ国があらためて合意すればいいだけである。
その動きはすでに始まっている。米国をのぞく11参加国によるTPP、いわゆる「TPP11」である。5月上旬、11カ国の首席交渉官がカナダで会合を行い、TPPを発効させる方針で一致した。5月末にベトナムで開かれる閣僚会合では、11カ国で発効を可能とする仕組みや条文について、協議する運びになっている。節目は最短で、6カ月後の11月にやってくる。APEC(アジア太平洋経済協力)の首脳会議開催に合わせて、協議を最終化できるかが鍵となる。なぜAPECが関係するかといえば、TPPはもともとAPEC加盟国21カ国・地域に門戸が開かれ、同地域で自由貿易圏を実現する構想に向けた枠組みのひとつだからだ。ほかにも同じ目的の枠組みとして、中国が主導しASEAN(東南アジア諸国連合)も参加するRCEP(東アジア地域包括的経済連携)や、東アジアのGDPの7割を占める日中韓FTA(自由貿易協定)がある。
■日本が不公平と批判された理由
米国がTPPから抜けたことで、保護主義がすすみ、世界の自由貿易体制が後退するとみなす論説が多い。現実はまったく反対だ。トランプが優先する日米や米中など2カ国交渉によって、アジアの貿易自由化やルールの厳格化は加速化する。
トランプは離脱理由のひとつとして、日本とのTPP協定を「不公平」と名指ししてきたが、根拠のない話ではない。関税撤廃率を比較すれば、一目瞭然だ。米国を含む11カ国がほぼ100%に対して、日本だけ参加12カ国で最低の95%となっている。トランプが厳しく非難するメキシコでさえ、99%撤廃を達成。日本の低さの原因となっている農産品目の撤廃率は、11カ国平均で98.5%に対し、日本だけが81%と圧倒的に低い。約2割の品目に関税が残っているのだ。しかも、コメの関税778%、バター360%をはじめ、世界でもまれにみる超高関税を温存した。撤廃した81%にしても、保護主義的といわれる中国よりもずっと低い。例えば中国・ニュージーランドFTAの場合、97%撤廃となっている。自由貿易の基本とは関税がない状態であり、TPP圏の中で、その状態からいちばん遠い保護主義国が日本なのである。
そんな日本とTPP交渉で妥協したオバマ政権を「無能」とみなし、「もっとタフな交渉をしなければならない」と、トランプは主張してきた。2000年刊の自著で、すでに以下の持論を展開している。「米国の周りに保護主義の壁は必要ない。海外品が米市場でオープンなのと等しく、米製品も彼らの市場でオープンであることが保証される必要がある。我が国の長期的な国益は世界の貿易パートナー国とよりよい協定を結ぶことにある」。その証拠にアメリカより自由化が進む、豪州やニュージーランド、シンガポールに対して、トランプは交渉を求めていない。
TPP11が発効した際の一例として、牛肉に対する関税をとりあげよう。日本は現在38.5%の関税が27.5%に下がる。発効10年目に20%、16年目に9%まで引き下げを合意しているが、撤廃はしない。ベトナムは3年目、カナダは6年目など、他国は撤廃するにもかかわらず、日本だけ例外扱いだ。
ここで2カ国交渉が登場する。TPPの“場外乱闘”で、米国は「もっと早く下げろ」と脅しをかけてくるだろう。農家のトランプ支持率は7割を超えており、米世論からのプレッシャーもある。もし日本が応じれば、他のTPP国も同じ条件を要求する。FTAとTPPが競争関係を持つことで、自由化のスピードが速まるというわけだ。
■トランプ流交渉で揺さぶられる中国
中国に対しても同様である。「中国はTPPに裏口から入ってくる」とトランプは牽制してきた。先進国の日本に例外を認めた状態で参加を許せば、中国にも例外を認めざるをえなくなるという意味だ。それよりもTPPから離脱し、中国と直接交渉したほうが早い。実際、4月の習近平国家主席との首脳会談で、トランプは牛肉の中国向け輸出と中国の市場開放を求め、習は協議をすすめることに合意したという。中国が米国産牛肉への自由化を高めればどうなるか。現在、中国は日本からの和牛輸入は完全に禁止しているが、日本政府は「米国だけを例外にするのはおかしい」と解禁要求を強めることができる。TPP11や中国が主導するRCEPの参加国と協調してもいい。結果的に、2国間、多国間交渉かを問わず、自由化がすすむ流れになる。
さらにトランプは、偽造品輸出や企業秘密の盗用、海賊版ソフト利用などで、世界中の企業が悩まされてきた中国の知的財産問題にも切り込む。先のトップ会談でこの解決に向けて、協議することが決まった。選挙期間中は「中国に高関税をかける」「為替操作国だ」と脅しておいたうえで、会談では北朝鮮問題なども絡める、脅し・すかしを使ったトランプ流交渉術だ。
近代経済学の父で自由貿易の祖アダム・スミスは『国富論』でこう記している。相手国の法外な高関税や輸入禁止を撤回させるには、「その時々の状況の変化に応じて、考え方を変える狡猾でしたたかな連中、政治屋と呼ばれる人の技量に任せるべき問題」。「一般原則にたって物事を考える学者が取り扱うべき問題ではない」。どうりで学者肌の官僚同士が交渉しても、自由化がすすまないわけだ。
トランプの脅しで、長年、知財を濫用してきた経済大国・中国と、農業の保護主義をしてきた日本が自由化し、ルールを守るようになったら……。よりビジネスしやすい世界になるに違いない。
(ジャーナリスト・翻訳家 浅川 芳裕 写真=AFP=時事)
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