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高卒と専門卒「年収」はどちらが高いのか

プレジデントオンライン / 2017年7月27日 9時15分

「有名大学でなければ、大学に進んでも意味がない」「いまは学歴より『手に職』が重要だ」。よくそういわれるが、いずれの認識も間違っている。東京大学の濱中淳子教授は「職業を意識した教育には限界もある」という。今回は、高卒と専門卒の年収比較を通じて、職業教育の価値を考える――。

■職業教育にみる希望

教育改革の動向をみていると、職業とのつながりを軸にした議論に出合うことがある。「もっと現場のことを考えて、仕事に直結する内容を扱うべきだ」「いや、学校が企業に従属する必要はない」――。もちろん簡単に結論が出るような論点ではないが、そのわかりやすさゆえだろう、職業教育強化を支持する声は根強く、幾度となく発せられてきた。

そうしたなか、折しも今年5月、職業教育をめぐる大きな動きがあった。「専門職大学」「専門職短期大学」の創設を盛り込んだ改正学校教育法が成立し、観光業の旅行プラン開発など、特定の職業に特化した教育に取り組む高等教育機関が誕生することになったのだ。大学体系のなかに新たな類型が制度化されるのは、1964年の短期大学の創設以来、まさに55年ぶりのこと。卒業単位の3~4割は企業などでの実習に充てられるほか、教員の4割以上を実務家とするという点に特徴がある。

先行き不透明な時代である。「職業教育」に注目したくなる気持ちは理解できるが、そこに希望をみる前に、データベースで、日本の労働市場が職業教育をどのように評価しているかを検証しておく必要があるのではないだろうか。「職業教育に意義を見出すこと」と「職業教育を受けた人材が実際に活躍できること」は、決してイコールではないからだ。現状いかんによっては、職業教育の積極的拡充が不幸をもたらすこともあり得る。

ところで、ここで広く教育事情を見渡せば、日本にはすでに40年以上の歴史を持つ職業教育機関「専門学校(専修学校専門課程)」があることに気づく。現場のニーズに合わせた教育を強みとし、なにより一部高校生たちから、理想の進学先として熱いまなざしが向けられている。高校教員の話によると、「就職するなら、大学に進学するより、『手に職』をつけることができる専門学校のほうが有利なのではないか」という生徒が少なくないというのだ。

さて、連載2回目である今回は、日本における職業教育の先駆けともいえる「専門学校」を取り上げ、卒業生の働き方を参照しながら、日本社会における職業教育の位置づけを考えることにしたい。「手に職」をつけることは、どれほどの経済的メリットをもたらすのか。それ以外の効果はどうか。

一部報道によれば、「専門職大学」への移行を目指して準備を始めた専門学校もあるという。数年後に発足する新たな機関の位置づけを占う意味も含め、調査データからみえてきた現状を紹介することにしよう。

■2つに分けられる「手に職」ルート

文部科学省が実施する「学校基本調査」では、専門学校卒業生全体の数とは別に、関係分野に就職した者の数も調べられている。公表データから卒業生全体に占めるその比率を算出すると、男子で71.3%、女子が80.0%(平成27年度)。専門学校=職業訓練校としてよく機能していることがうかがえる数値だが、ここでリクルートワークス研究所の調査データを用いて専門学校卒業生が従事する職業をみると、内実は図表1のようなものだという結果が得られる。

「理容師・美容師」や「看護師」、「診療放射線技師」「保母(保育士)」といった職業が散見されるが、一覧からは、関係分野に就職する者が多いとはいえ、従事する職業は「資格を要するもの(以下、【要資格職】)」と「資格とは関係がないもの(以下、【非資格職】)」の2つに大きく分けられることが指摘される。なるほど、専門学校が提供する教育には、医療や教育、社会福祉、理容関係といったものだけでなく、工業関係や商業実務といったものも含まれる。詳しい数値は省略するが、むしろ1990年代前半ごろは、これら2つの領域が専門学校教育の多くを占めていた。専門学校で工業関係や商業実務の学習をし、それを活かすような【非資格職】(生産工程作業者や事務関係)に就く。このような卒業生も珍しくないからこそ、上述のように、「学校基本調査」で関係分野に就職した者の比率が7~8割といった結果になっているのだろう。

いうまでもなく、職業訓練としては、両方があり得る姿である。どちらが望ましいということではないが、ただ、どちらのケースに該当するかで、働き方が変わる可能性は大いにあろう。というのは、【要資格職】の場合、資格に人材価値を上昇させ、それゆえ「守られた働き方」ができる。しかしながら【非資格職】の場合は守ってくれる武器がなく、しかも他の学歴出身者と同じ土俵のうえで評価される。この違いはかなり大きいと考えられるからだ。

では、実態として、専門学校卒業生たちはどのような働き方をしているのか。「2つの『手に職』ルート」という視点を加味しつつ、所得向上効果からみていくことにしよう。

■最も経済的メリットがあるのは「女子の要資格職」

図表2をみてもらいたい。これは、「高卒と比べたときに、各学歴の所得が何%高くなるか」をあらわした分析結果である(労働年数や企業規模、転職経験は統制した後の数値を記載)。

まず、男子の結果をみると、大卒や大学院卒には統計的に意味の効果が認められる一方で、専門学校卒は、【要資格職】であろうと、【非資格職】であろうと、高卒と同程度の所得しか得られていないことが示されている。プラス2~3年の教育を受けても、所得は向上しないということだ。上述の「資格に守られた働き方」以前の状況が繰り広げられていることを意味しているが、他方で女子の結果をみると、男子にはなかった効果を読み取ることができる。すなわち、【要資格職】の場合は23.1%、【非資格職】の場合は17.9%、高卒女子よりも所得が高い。なお、同じ短期高等教育である短大卒の値をみると、【非資格職】とほぼ同じ17.3%。専門学校で得られる資格は、女子にとって大きな意味がある。

徐々に変化が起きているとはいえ、女子が仕事で活躍するには、いまだ難しいところが残っている社会である。いまでも結婚・出産時期に悩む声がやむことはなく、むしろ高まっているきらいさえある。そうしたなか、職業に直結した教育内容、そして資格保有の有利さが際立つのは女子の世界において、ということなのだろう。

■意識高揚装置としての専門学校

しかし、以上は経済的側面に限った話である。ここで意識面まで広げて調査データを丁寧に読み込むと、図表3の結果にたどりついた。これは「自律性得点」と「適合性得点」の2つを指標に、各学歴がどのような心持ちで仕事に臨んでいるのかどうかを捉えようとしたものだが、男女ともに専門学校卒の【要資格職】が極端なポジションに位置していることがわかるだろう。

すなわち、男女に関係なく、どの層よりも、高い意識をもって働くことができているのが、【要資格職】の卒業生なのだ。彼/彼女らは、「自分の力で仕事をする」「この仕事をしている自分が好き」といった意識を、強く感じながら働いている。

「稼ぐこと」と「充実感に満たされること」――その両方が伴う働き方ができるにこしたことはない。しかし、もし、そのどちらがより大事かという質問を投げかけられたとき、後者を選ぶ者も少なくないのではないだろうか。専門学校を卒業し、「手に職」を付けた場合に得られるメリットは、資格領域に限定される話ではあるが、女子であろうと、そして男子であろうと、高い就業意識を持ちながら働けるという点にある。

■「手に職」には過大評価がある

専門学校卒業生の働き方を糸口に、日本社会における職業教育がどのような意味を持つのかを考えてきた。経済的・非経済的側面双方の分析からは、効果の範囲のようなものがみえてきたように思う。職業を意識した教育には、たしかにメリットもあるが、限界もある。そして限界という点でいえば、男子の【非資格職】に目立った効果が認められなかったという結果にスポットをあてておく必要があろう。多くの企業が評価しているのは、職業教育以外のところにあることを示唆する結果だからだ。

冒頭で述べたとおり、職業教育機関に期待を寄せる声は止むことなく、数年後には「専門職大学」「専門職短期大学」も誕生する。ただ、ここで本連載の目的である「エビデンスに基づいた学歴論」を展開すれば、私たちが「手に職」という言葉に吹き込む希望には過大評価の部分があるのではないだろうか。新たな教育機関も、同時にいまの労働市場の状況を変えるような策を講じなければ、存在感の薄いものになりかねない。

学歴がどのように機能するかは、何を教えるかという点のみならず、社会の側がどのような知識に価値を見出しているのかという点もかかわりながら定まっていく――職業教育の現状分析は、この点を改めて自覚させてくれるケースだといえる。

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濱中 淳子
東京大学 高大接続研究開発センター 教授。1974年生まれ。2003年東京大学大学院教育学研究科博士課程単位取得退学。07年博士(教育学)取得。17年より現職。専攻は教育社会学。著書に『「超」進学校 開成・灘の卒業生』(ちくま新書)、『検証・学歴の効用』(勁草書房)などがある。

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(東京大学 教授 濱中 淳子)

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