ユニクロがどんなブランドとも合う理由
プレジデントオンライン / 2017年8月21日 9時15分
■なぜユニクロは世界的ブランドになれたのか
日本の地方企業から、世界第3位の売上高を誇るアパレル製造小売業(SPA)に成長した、「ユニクロ」を展開するファーストリテイリング。同社が世界的なブランドになった背景には、日本的なCSV(Creating Shared Value:共通価値の創造)の考え方があったと私は考えています。
CSVとは、社会的価値と経済的価値の両方を追求する経営戦略です。2011年にハーバード・ビジネススクールのマイケル・ポーター教授が提唱し、一躍有名になりました。ただ、ポーター教授が扱う社会課題は、途上国などの低所得層(BOP)を対象としたものが中心です。CSVで取り組むべき社会課題は、それだけではないと思います。
有名な心理学者マズローの欲求段階説では、人間の欲求は図のような階層になっており、下位の欲求が満たされると、さらに上の欲求を満たそうとします。この考えに照らすと、ポーター教授が対象とする社会課題は、第1段階の「生理的欲求」や第2段階の「安全欲求」に関するものです。それらはもちろん重要な課題ですが、解決すればなくなるものです。その上の第3段階から第5段階は、最終的に「自己実現欲求」に行き着くような、ややエゴイスティックな課題が中心になります。20世紀は、この段階の、物質的により豊かになりたいという人々の欲求によって、大きく発展しました。また、中国などは、今まさにこの段階にあると言えるでしょう。
しかし、このような成長をどこまでも追い続ければ、地球はいつか破綻してしまいます。私たちはどこかの段階で、物質的な成長ではないところに豊かさを求める必要があります。マズローは、晩年に第6段階として「自己超越欲求」を提唱しています。これは、自分だけが幸せになるのではなく、周りの人たちを幸せにするような利他的な気持ちが最後に芽生えるという考え方です。
■日本の価値観が社会課題を解決する
現在の日本のような成熟した社会は、まさにこの段階にきているのではないかと思います。物質的によりよい生活を求めるよりも、今の生活を是として、その中に精神的な喜びや幸せを求める。あるいは、自分だけでなく、周りの人と一緒に幸せになるにはどうすればよいか。こうした、貧困とは異なる、より高いレベルの社会課題を対象としたCSVを、私は日本版CSV(J-CSV)と呼んでいます。
例えば、日本は世界で最も安心で安全な社会を築いていると言っていいでしょう。また、最近になって日本食や和紙が世界遺産に認定されるなど、日本の伝統的な価値観が世界に認められつつあります。それは、より具体的に言えば、持続可能性、健康、心地よさ、精神的な豊かさといった価値観であり、前述のような社会課題を解決するヒントになるものだと思います。
これを、服の世界で考えてみましょう。これはファーストリテイリング会長兼社長の柳井正さんがよく話すことですが、服というのは、昔は「生理的欲求」「安全欲求」のレベルで、外敵や天候の変化などから身を守るためのものでした。それが、次の段階に進むと、自分を着飾ったり、自己主張したりするためのものになりました。さらにその次の段階が、「自分らしさを着こなす」ことです。無理をせず、自分にとって快適なものを着ること。それは退化ではなく進化だというのが、柳井流の服に対する考え方です。
■普遍的な定番商品を追求する
ファーストリテイリングのステートメントは「服を変え、常識を変え、世界を変えていく」です。「本当に良い服、今までにない新しい価値を持つ服を創造し、世界中のあらゆる人々に、良い服を着る喜び、幸せ、満足を提供します」というミッションそのものがCSVであると柳井さんは考えています。
その考えを具現化したのが、「ライフウェア」と「コンポーネントウェア」という2つのコンセプトです。「ライフウェア」とは、着心地がよく、機能性が高く、高品質でありながら手頃な値段で購入できる日常着のことです。フリースやヒートテックなどはその代表例です。他のファッションブランドは流行を追求します。しかし、流行の製品は旬な時期に売り切らなければならず、持続可能なビジネスモデルとは言えません。それに対してユニクロが追求するのは、いつの時代にも通用する普遍的な定番商品なのです。
もう1つの「コンポーネントウェア」は、「部品としての服」という意味です。一般にファッションというのは排他的なもので、同じブランドでそろえないと統一感が生まれにくいものです。それに対してユニクロの製品は、デザインやブランドの個性をあえて前面に出さず、他のブランドと合わせやすいようにつくられています。
ユニクロが取り組んでいるのは、日本が伝統的に強みとしてきた「派手さはないが、クオリティ(質)は高い」という価値観の世界展開と言えます。この価値観が、世界中で受け入れられたのです。よく「匠の世界」と言われるように、質へのこだわりは、日本人の美徳と言えます。ややオーバークオリティな面もありますが、それが心地よさや精神的な豊かさに結びつくほど、高いレベルを保っているのは、日本の1つの文化遺産だと思います。これはあらゆる産業に共通するものです。
■中小企業でもできる世界進出への鍵とは
質を重視した取り組みは、ユニクロに限らず、他の日本企業でも取り組み始めています。こうした動きを、私は「QoX(Quality of X)」経営と呼んでいます。「X」の部分には、食に関わる会社なら「イーティング」、住まいに関わる会社なら「リビング」など、自社がクオリティを追求すべきものが入ります。QoXを追求することで、大企業だけでなく中小企業も世界に展開できる可能性があります。例えば、日本のケーキ屋さんがつくるケーキの味や形のクオリティの高さは、世界に通用するレベルです。同様の産業は、日本中にあるはずです。
老舗企業にも、世界に打って出るチャンスがあります。日本には長寿企業が多いですが、零細なところが少なくありません。伝統芸や民芸品のレベルで終わらせることなく、製品・サービスの核となっている心地よさや、心の琴線に触れる部分をうまくプロデュースしていけば、市場を世界に広げていくことも夢ではないでしょう。東京オリンピック・パラリンピックが開催される20年に向けて、日本へのインバウンドが増加している今こそ、そのよさを知らしめる絶好の機会です。
最後に、J-CSVの代表的な企業を2つ紹介しましょう。
中川政七商店は奈良で300年続く麻織物の問屋でした。現在の13代目が、日本の工芸をベースにしたSPA業態の生活雑貨ブランドを立ち上げ、全国に展開しています。また、「日本の工芸を元気にする!」というビジョンのもと、工芸メーカーに特化した経営コンサルティングも行っています。
もう1つが、アウトドア用品メーカーのスノーピークです。アウトドアというと愛好家に向けたものになりがちですが、同社は「自然と共に生きることにより人間性を回復するライフスタイルの提案」をミッションに掲げ、燕三条の優れた職人をネットワーク化して質の高い製品を生み出しています。
さまざまな分野で、マズローの「自己超越欲求」に該当するレベルを伝統的に体現してきた日本は、世界のベストプラクティスになる可能性を秘めています。ユニクロがアパレルの世界で成功したように、CSVを日本的価値観で捉え直せば、業界や規模の大小を問わず、どんな企業にもグローバルで成功するチャンスがあるのです。
(一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授 名和 高司 構成=増田忠英 写真=時事通信フォト)
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