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日本の漁業が中国の乱獲に相乗りする事情

プレジデントオンライン / 2017年9月28日 9時15分

水産資源の枯渇や担い手の高齢化などで、長年にわたり衰退を続ける日本の漁業。日本の食を守るという名目で、補助金で漁業を支える図式は常態化している。だが東京海洋大学の勝川俊雄准教授は、その補助金こそが漁業衰退の要因の一つだと主張する。国際的な漁業補助金規制の動きに日本も参加することが、日本近海の乱獲問題の解決にもつながるというその理由とは――。

■常態化する漁業補助金

日本の漁業は何十年も衰退の一途をたどっています。漁業の生産性は低く、赤字の経営体も少なくありません。新規参入が途絶えた状態が何十年も続いた結果、漁村で過疎高齢化が進んでいます。

生産性の低い漁業を支えているのは「補助金」です。例えば、燃油価格が上がる度に、漁業者がデモをして、燃油の補助金を勝ち取るのが恒例行事になっています。燃油価格が上がれば、経費が増えるのは運輸業も同じですが、漁業のようには保護されていません。未来の食を守るために、公的資金で一次産業を支援するのは当たり前だと、国民の多くが思っているから、あまり不満の声が上がらないのでしょう。

民主党政権時代には「個別補償」の仕組みが導入され、現在も拡充が続いています。漁業収入安定対策(積立ぷらす)では、漁業者の収入が過去5年の平均よりも減少したときに、「漁業者1」対「国3」の割合で差額が補填されます。これは公的資金による「赤字の補填」ともいえる仕組みです。

■世界に広がる補助金害悪論

日本では、漁業を支えるために補助金は不可欠だと考えられているのですが、海外では逆の見方が主流です。不適切な補助金は、乱獲を招き、漁業を衰退させる要因と考えられているのです。

また、補助金はその国の漁業の生産性を損なうだけでなく、自国の資源を獲り尽くした過剰漁船が公海や他国の漁場に向かうことで、国際問題を引き起こします。

1990年前後から、補助金に関する国際的な議論が高まり、世界貿易機関(WTO)などさまざまな場所で漁業補助金の規制について国際的な議論が重ねられてきました。乱獲を防ぐために規制を推進したい欧米諸国に対して、日本、中国および途上国が反対するというのが基本的な図式です。

今年12月にアルゼンチンで開かれるWTO閣僚会議でも、漁業補助金の禁止を目指す交渉が難航しています。欧州連合(EU)やニュージーランドが補助金の全面禁止を訴えているのに対して、日本や中国は自国の漁業の保護のために規制に反対しています。

環太平洋連携協定(TPP)の交渉でも漁業の補助金がひとつの争点となりました。また、国連の持続可能な開発目標(SGDs)でも、乱獲や違法漁獲につながる漁業補助金の禁止・撤廃がうたわれています(14.6)。

■漁業補助金の国際比較

世界各国の漁業補助金の総額は、おおむね200-400億ドル(約2兆~4兆円)と推定されています。漁業補助金は、漁船の建造、燃油代の補助、インフラ整備など、さまざまな形態をとるので、推定値には幅があり、正確な把握を難しくさせています。

カナダのブリティッシュコロンビア大のグループが2016年にまとめた論文によると、世界の漁業補助金の総額は350億ドルでした。また、補助金の内容を精査したところ、乱獲の助長につながる「悪玉補助金」(漁獲量の拡大のための補助金)が200億ドルと、その大部分を占めることが分かりました。

国別に見ると、日本の漁業補助金が最も多く、全世界の約20%のシェアを占めています。中国、米国がそれに追従するのですが、米国は悪玉補助金が少ないのが特長です。悪玉補助金の割合は、中国よりも日本のほうが高く、こちらも金額として世界第1位でした。日本は世界一の「漁業補助金大国」なのです。

出典:U.R. Sumaila, et al., Global fisheries subsidies: An updated estimate, Marine Policy 69 (2016) 189-193.

日本の漁業補助金の用途を見てみましょう。2017年の日本の水産関係予算の約4割が公共事業です。震災復興予算の漁港整備も含めると、予算の7割が公共事業に費やされています。漁業者よりもむしろ土木事業者にお金が落ちているのです。漁村地域に行くと、バス停ごとに立派な漁港があります。そこには、老朽化して、稼働している様子が無い漁船が並んでいます。漁業者も漁業生産も激減している中で、すでに稼働率が下がっている漁港ばかりが立派になっているのです。

非公共事業のなかでは、最大のシェアを占めるのは、所得補償関連の予算です。一方、水産資源の調査や維持管理のための予算は2.5%に過ぎません。いくら予算が多くても、土木工事と赤字の補填ばかりでは、漁業の生産性の改善は期待できません。

■悪玉補助金を断てば漁業は蘇る

伝統的な漁業国であるノルウェーも、日本同様に補助金に苦しんできました。1960年代には、ノルウェー政府も補助金で漁獲能力を拡張していました。しかし1970年代には主要な水産資源である北海ニシンが激減し、ノルウェーの漁業が存亡の危機に立たされたことから、ノルウェー政府は政策の大転換を行いました。補助金を配って漁獲能力を拡充するのではなく、水産資源を回復させるために厳しい漁獲規制を始めたのです。

さらに高齢者を中心に過剰な漁船の退出を促す政策を導入したほか、水産資源が回復するまで漁業者が我慢できるように所得補償を行いました。1980年前後には、補助金の金額は漁業収益の9割に達しました。肝心なのはその後です。

厳しい漁獲規制の結果、北海ニシンを含む多くの水産資源が回復し、漁業が成長産業に変わったのです。1990年代中頃から、漁業の利益は増加し、漁業から安定して高い利益が得られるようになりました。その後、ノルウェーでは漁業補助金がほとんど存在しない状態が継続しています(*1)。

ノルウェーの漁業者や漁協職員と話をすると、ほぼ全員が補助金について否定的です。「補助金は必要な変化を妨げて、漁業を衰退させる」というのが彼らの共通認識です。1970年代の悲惨な状況から、立ち直ったノルウェーだけに、彼らの言葉は説得力を持ちます。

■国際的な補助金規制で中国の乱獲を止める

日本の隣には中国がいるので、日本が補助金規制をしたら、中国漁船に魚を根こそぎ獲られてしまうと考える読者もいるかもしれません。しかし、国際的な漁業補助金の規制こそが、中国漁業を押さえ込む妙手なのです。

中国漁業は、安い人件費を背景に拡大してきました。しかし、資源の減少などもあり、近年は伸び悩んでいます。中国の漁業生産は6000万トンですがその大半は養殖です。天然魚の生産は1200万トン程度で、ここ10年は横ばいです。コストの安さが武器の中国漁船にとって、燃油価格の高騰は死活問題です。燃油への補助が禁止になれば、競争力は大幅に低下します。

昨年8月、英フィナンシャル・タイムズ紙が、中国漁業の膨張に関する記事を書いています(*2)。記事の中で、中国漁業者は、「魚が減ったので、遠くの漁場に行かざるを得ない」、「漁業の生産性は低く、燃油の公的補助金をやめれば漁船は半分になる」、「漁業者は自分の代で最後」とコメントしています。燃油に補助金を出せなくなれば、中国漁船は半減した上に、遠出できなくなるのです。

■適切な政策で漁業を成長産業に

論理的に考えれば、日本の進むべき方向は自明です。他の先進国と連携し、国際的な漁業補助金の規制を推進し、中国漁業の膨張を食い止めなければなりません。

日本の業界内には、補助金を増額して、漁船を拡大して、中国と張り合うべきという主張もあります。しかし規制がない中で中国と魚を奪い合っても、日本に勝ち目はないでしょう。また、日本と中国で競って乱獲をすれば、水産資源の減少に拍車をかけて、漁業の衰退を早めるだけです。

ノルウェーなど漁業先進国の資源管理の手法を学び、国内の水産資源を回復させれば、いずれは日本の漁業も持続的に利益を生むようになるでしょう。豊かな食文化を背景に持つ日本の漁業は、適切な施策を打てば、成長産業に変わることができます。それを妨げているのが、漁業を助けるはずの補助金なのです。

(*1)"THREE ISSUES OF SUSTAINABILITY IN FISHERIES", Rögnvaldur Hannesson in "OVERCOMING FACTORS OF UNSUSTAINABILITY AND OVEREXPLOITATION IN FISHERIES: SELECTED PAPERS ON ISSUES AND APPROACHES", FAO Fisheries Report No. 782.
(*2)"Chinese fishermen caught up in Asian geopolitical conflict",  Lucy Hornby, Financial Times August 22, 2016.

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勝川 俊雄(かつかわ としお)
1972年東京生まれ。東京海洋大学産学・地域連携推進機構准教授。東京大学農学生命科学研究科にて博士号取得。東京大学海洋研究所助教、三重大学生物資源学部准教授を経て現職。専門は水産資源学。資源管理を理論的に研究する立場から、日本の漁業を持続可能な産業に再生するため、積極的に発言を行っている。著書に『魚が食べられなくなる日』(小学館新書)、『漁業という日本の問題』(NTT出版)など。

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(東京海洋大学産学・地域連携推進機構准教授 勝川 俊雄)

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