日本国憲法は「みっともない憲法」なのか
プレジデントオンライン / 2017年10月20日 9時15分
■同じ改憲項目でも食い違いが目立つ
衆院選の争点のひとつに「憲法改正」がある。各政党の選挙公約を見ると、自民、公明のほか、希望の党、日本維新の会が憲法改正に前向きだ。このため、選挙後はかなりの確率で改憲論議が活発化し、憲法改正が現実的になるだろう。
ただ各党が挙げる改憲項目にはばらつきがあるうえ、同じ改憲項目でも食い違いが目立つ。その代表的なのが、自衛隊の扱いにつながる第9条の「戦争の放棄」「戦力の不保持」「交戦権の否認」である。
各党は選挙戦を通じ、党の憲法に対する考え方や立場を分かりやすく有権者に伝えてほしい。有権者も新聞やテレビ、インターネットを利用して、各党の立場を把握しておくべきだろう。
今回は護憲派の朝日新聞と改憲派の読売新聞、それぞれの社説を読み解きながら憲法論議を考えてみたい。
■国民意識との間にある「大きなズレ」
10月16日付の朝日社説は、大きな1本社説で「憲法論議」をテーマにしている。難しい憲法論議にしてはかなり分かりやすい。朝日的いやらしさが多少あるものの、それでも十分評価できる。
「国民主権の深化のために」という見出しを掲げ、「憲法改正の是非が衆院選の焦点のひとつになっている」と書き出す。
「自民党、希望の党などが公約に具体的な改憲項目を盛り込んだ。報道各社の情勢調査では、改憲に前向きな政党が、改憲の発議に必要な3分の2以上の議席を占める可能性がある」と解説したうえでこう指摘する。
「政党レベル、国会議員レベルの改憲志向は高まっている。同時に、忘れてはならないことがある。主権者である国民の意識とは、大きなズレがあることだ」
「国民意識とのズレ」。朝日社説はいいところを取り上げていると思う。
■「護憲50%」と「改憲41%」の差
朝日社説は続けて「民意は割れている」とズバリ断言する。
その根拠は何だろうか。そう考えて読み進むと、朝日社説は自社の今春の世論調査の結果をあげる。世論調査はどこの新聞社も、質問内容に社の色が付く。だからその点を差し引く必要はある。
その朝日の世論調査によると、憲法を変える必要が「ない」と答えた人は50%、「ある」というのは41%という。この11ポイントの差はかなり大きい。
それゆえ、朝日社説は「国民の意識との間に大きなズレがある」と指摘するのだ。
次に朝日社説は「自民党は公約に、自衛隊の明記▽教育の無償化・充実強化▽緊急事態対応▽参議院の合区解消の4項目を記した」と書いた後、安倍晋三首相の選挙戦略を分析してく。
■安倍首相の手の内を推測する朝日社説
「首相は、街頭演説では改憲を口にしない。訴えるのはもっぱら北朝鮮情勢やアベノミクスの『成果』」である。首相はこれまでの選挙でも経済を前面に掲げ、そこで得た数の力で、選挙戦で強く訴えなかった特定秘密保護法や安全保障関連法、『共謀罪』法など民意を二分する政策を進めてきた」
こう解説した後、「同じ手法で首相が次に狙うのは9条改正だろう」と指摘する。説得力のある指摘である。
朝日社説はその中盤で自らの憲法観をこうまとめている。
「憲法は国家権力の行使を規制し、国民の人権を保障するための規範だ。だからこそ、その改正には普通の法律以上に厳しい手続きが定められている。他の措置ではどうしても対処できない現実があって初めて、改正すべきものだ」
自衛隊については「安倍内閣を含む歴代内閣が『合憲』と位置づけてきた」と指摘し、他の改憲項目にも「教育無償化も、予算措置や立法で対応可能だろう。自民党の公約に並ぶ4項目には、改憲しないと対応できないものは見当たらない」と書き、護憲派の意地を見せる。
■「安倍首相の個人の情念」という分析
今回の朝日社説の中で特に興味深いのは、安倍首相が改憲にこだわるその理由を思い切って推測した部分である。
「安倍首相は、なぜ改憲にこだわるのか。首相はかつて憲法を『みっともない』と表現した。背景には占領期に米国に押しつけられたとの歴史観がある。「われわれの手で新しい憲法をつくっていこう」という精神こそが新しい時代を切り開いていく、と述べたこともある。そこには必要性や優先順位の議論はない。首相個人の情念に由来する改憲論だろう。憲法を軽んじる首相のふるまいは、そうした持論の反映のように見える」
なるほど。護憲派の朝日新聞らしい主張ではあるが、「中道」を自称するこの沙鴎一歩にも、うなずけるところは多い。とりわけ「安倍首相個人の情念」という分析は、全くその通りだと思う。
朝日社説は最後に「憲法改正は権力の強化が目的であってはならない」と訴えるが、これもよく分かる。やはり「国民主権」「人権の尊重」「民主主義」の大原則を忘れずに憲法論議を進めることこそ、大切なのである。
■朝日は「憲法論議」、読売は「憲法改正」
一方、改憲派の読売新聞の社説はどうだろうか。
10月14日付の読売社説(朝日と同じく大きな1本社説)の見出しは「憲法改正」「『国のあり方』広く論議したい」「自衛隊の位置付けへ理解深めよ」である。テーマ自体を「憲法論議」とする朝日社説と違って「憲法改正」としているところから、朝日と読売のスタンスが大きく違うことが分かる。
読売社説は前半で「自民党は公約に、(略)4項目の改正を目指す方針を明記した。抽象的な表現にとどめた前回衆院選と比べて大幅に踏み込んだ。政権党として、9条改正を主要公約に挙げたのは初めてである。高く評価したい」と書く。
9条改正の公約について「高く評価したい」と新聞の社説としては最高級の褒め言葉を贈っている点など、やはり安倍政権擁護の新聞社の体質がそのまま出ている。
■読売も論旨展開は憲法の原則に基づく
読売社説はさらに「自衛隊の位置付けや緊急事態時の特例措置、政府と自治体の関係などは、国のあり方に関わる重要なテーマである」と指摘する。
そのうえで「国民主権、基本的人権の尊重、平和主義という現行憲法の3原則の堅持を前提に、大いに議論を深めてもらいたい」と主張する。この辺りは問題ないだろう。
朝日と反対のスタンスを取る改憲派の読売も「国民主権、人権の尊重…の憲法の原則」との言葉を使ってその論を展開しようとする。いつものことだが、読売と朝日を読み比べていると、頭の中が混乱することがある。
■「自衛隊合憲」には一応の理解を示すが……
読売社説は「自衛隊の合憲」に理解を示したうえで、自衛隊の位置づけを次のように言及しながら、巧みに改憲論を主張していく。
「政府は長年、自衛隊は9条2項が保持を禁止する『戦力』ではなく、合憲とする憲法解釈を維持してきた。大多数の国民も、自衛隊の国防や災害派遣、国際協力活動を高く評価している」
「合憲」ならば改憲する必要はないだろうと読み進めると、読売社説は筆を反対方向に運ぶ。
「だが、自衛隊の存在は、70年以上、一度も改正されたことのない憲法と現実の乖離の象徴だ」
沙鴎一歩は「一度も改正されない」ことがそんなに問題なのか、と思うが、どうだろうか。
■北朝鮮の脅威を改憲に結び付ける読売
次に北朝鮮問題を持ち出して脅威を強調し、改憲論を導き出そうとする。これでは安倍政権と同じである。
「北朝鮮の核ミサイルの脅威などで日本の安全保障環境が悪化し、自衛隊の役割は一段と重要になっている。一部の憲法学者が自衛隊を『違憲』と主張するような異常な現状は是正せねばならない」
読売社説は「憲法改正」に対する筆の運びが弱いと思う。なぜ弱くなるのか。社説を書いている論説委員が、「憲法改正」に対する強い信念を持っていないからではないか。
信念がないから、主見出しそのものが「『国のあり方』広く議論したい」と中途半端な主張になってしまう。仮にも憲法論議の社説である。読者としては泰然自若に構えた主張をしてほしいものである。
(ジャーナリスト 沙鴎 一歩)
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