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「天才」はなぜ、学校では育てられないのか

プレジデントオンライン / 2017年11月4日 11時15分

最近の若き天才たちは、どこか伸び伸びとしている。周囲に練習を強制され、歯を食いしばるような苦しさは感じられない。なにが変わったのか。東京大学名誉教授の汐見稔幸氏は「個性や才能の伸ばし方が変わってきている」と指摘する。いまどきの天才たちが「学校以外」の場所で才能を伸ばしている理由とは――。

※本稿は汐見稔幸『「天才」は学校では育たない』(ポプラ新書)を再編集したものです。

■驚異の中学生が登場

世間を驚かす中学生が相次いで登場し、連日メディアを騒がせています。

最も衝撃的だったのが、中学生棋士・藤井聡太四段でしょう。2016年10月に史上最年少でプロ入りするや、大人の棋士たちを相手に勝利を積み重ね、30年ぶりとなる公式戦29連勝という新記録を打ち立てました。

将棋を始めたのは小学校入学前、最初は子ども用の将棋盤で祖父に相手をしてもらっていたそうですが、小学4年生のときには養成機関である奨励会に入りました。その活躍に、将来の藤井くんをめざして、子ども向け将棋教室も活況を呈しています。

将棋の実力はもちろん、さらに私たちを驚かせてくれたのが、彼の受け応えと態度です。対局後に大勢の報道陣に囲まれるなか、とても中学生とは思えない落ち着いた口調で語る様子に新たな注目が集まりました。「実力からすると、望外の結果」「僥倖(ぎょうこう)としか言いようがない」といった彼の語彙力も、取りざたされています。

スポーツ界に目を転じると、サッカーのスーパーチーム、レアル・マドリッドの下部組織で活躍する中井卓大選手や、世界卓球選手権で日本のエース、水谷隼選手を破った張本智和選手、シニア顔負けの演技で体操界に新風を巻き起こす北園丈流選手と、話題の中学生がぞろぞろいます。

8歳のときにYouTubeに投稿した動画で華麗なテクニックを披露し、ブレイクしたギタリストLi-sa-X(リーサーエックス)、彼女も中学生です。

政治も経済も行き詰まりを感じる今、私たちはそういったある種の停滞をものともせず国内外で活躍する若いヒーロー、「天才」(スーパーヒーロー)たちの出現に私たちは元気をもらっています。

ところで「天才」とは、本来の語義からすれば「天性(天賦)の才能、生まれつき備わった優れた才能」を持つ人を指し、環境や本人の努力で「育つ」ものではありません。また、活躍するジャンルも、むしろ音楽やスポーツといった学業成績とは異なる分野で認められることが多く、その意味では「秀才」とも異なります。

■天才は1%のひらめきと99%の努力

しかし「天才」を育てるには、育てるための条件が必要です。エジソンが言ったように、「天才とは1%のひらめきと99%の努力である」のでしょう。今、注目されている日本のスーパーヒーローたちも、厳しい練習と努力を繰り返しています。

厳しい努力は必要です。しかしエジソンはその母が彼の才能や性格を見抜いて上手に伸ばしたように、「天才」が育つには、その才を見抜いてそれを花開かせようとする働き、つまり広い意味での個性的な教育が必要です。「天才」が育つには、(1)天賦の才(可能性)を有していること、(2)それを見抜き、上手に伸ばす働きかけ、(3)本人の努力の3つが必要なのです。

日本の教育はこの3つのうち、(1)と(2)はあまりしてこないで、(3)の本人の努力だけを強いてこなかったかということです。別に「天才」だけを問題にしているのではありません。「天才」を育てる教育とは、すべての人たちの個性をも上手に伸ばせる可能性を持つ教育になりうると考えるのです。

誰もが特別な才能に恵まれていたと言ってしまえばそれまでですが、テレビなどで映し出される姿を見ていると、最近の若きヒーローたちはどこか伸び伸びとしていると感じます。親や周りの大人たちに強制的に導かれ、苦しい練習をこなしてきたという、かつての名選手たちのような歯を食いしばる必死さや悲愴さはあまり感じられない。

おそらく人一倍の努力や練習をしてきたことは間違いないでしょうが、表情はどこか涼し気です。自分の好きなことを見つけられ、それにただただ夢中になり、のめり込んできたといった嬉々とすら思える様子が伺えます。

それに、彼らは中学生にして早くも自分の人生に明確な目的を持ち始めていることも多い。

周囲の大人たちが、じっくりと没頭できる環境を彼らに用意できたことが「天才」誕生につながったと思われますが、そこで気になるのが、そうした成長過程で学校や教育がどう彼らに影響を及ぼしてきたのか。彼らにとって、学校の存在にどういう意味があったのかです。

日本の教育は平均的に伸ばすことは得意ですが、秀でた才能ある子をさらに伸ばしていくことは苦手と言われてきました。今こうしたスーパーヒーローが輩出してきたということは、日本の学校が変わったのか、それとも学校以外の教育がそれを実現してきたのかということが問われなくてはならないでしょう。

■今の学校が抱える2つの問題

問題は現在の日本の教育、特に学校教育がこうしたスーパーヒーローたちを育てるのに貢献しているかどうかです。従来の平均的に伸ばせても云々という日本の教育の限界を本気で突破していく姿勢を示せないと、学校がこうしたヒーローたちを育てる、あるいは多様な子どもの特技をうまく伸ばすことにはなかなかつながらないのではないかと思うのです。

現在ある日本の学校の多くはかなり変わってきましたが、まだ大多数は教師主導型で画一的な指導という点で同じ特徴を持っています。このままでは、個々の(隠れた)才能を上手に開花させていくことは難しいのではないでしょうか。

私は平均点を伸ばすだけでなく、それぞれの個性や特性、それに育つ環境に合わせて、柔軟で多様な学びや教育があるべきと考えています。

実際、今の学校教育にうまく適応できずに不登校になる子どもたちはなかなか減りません。むしろ増えているのではないかと思われます。学校は、受験社会を勝ち抜いて「いい学校に入っていい会社に入る」ことがゴールとされた時代はもうとうに終わったはずなのに、学校がまだその体質から抜けられないでいるからでしょう。

今や中学生の間では、オリジナル動画をネットにアップさせる「YouTuber」が将来になりたい職業の上位に上がっています。ソニー生命保険の「中学生が思い描く将来についての意識調査2017」では、男子中学生の1位は「ITエンジニア・プログラマー」、2位は「ゲームクリエイター」、女子中学生の1位は「歌手・俳優・声優などの芸能人」、2位は「絵を描く職業(漫画家、イラストレーター、アニメーター)」という結果が出ました。

ランキングには、もちろん公務員、教員、会社員も入っています。ですが、これらの職業に憧れる10代の気持ちに、私はなるほどと思いました。

果たして、今挙げたようなポスト第三次産業とでも言える仕事を志向する子どもたちに今の学校は対応できているのでしょうか。時代とともに、価値観や人生の目的が変化・多様化しています。そのスピードに、大人たちも学校もなかなかついていけないというのが実情のように思えます。

今の学校にはふたつの点に問題があります。

ひとつは、先述したように、そもそも学校とは「平均的な能力の底上げをするシステム」であって、その子どもたちのそれぞれが持っている特別な、その子にひそんでいるその子なりの才能の芽を上手に伸ばして、個性的な力を育てられないこと。

ふたつ目は、古い子ども観が残っていること。育て方によっては子どもはすごい力を発揮するのにもかかわらず、彼らの可能性に対してまだまだ目が閉ざされていて、悪い言い方をすれば「子どもは子どもなんだ」というところで考えが止まってしまう。結果、それが授業のあり方、子どもたちへの接し方に表れてしまい、「年相応の学びを提供する」ことで終わっている。

■従来の教育システムでは可能性は育てられない

日本の学校は、「平均的に底上げ」と、大人から見た「年相応の学び」のために、「個別の可能性育て」を封印してきました。また、誰が採点しても不公平が出ないような○×式の回答を求めてきたために、正解のあるものをどれだけ正確に覚えるか、あるいはちょっとトリックのあるような問題だと、それをやはりいかに覚えるか、というところに注力してきました。それが受験勉強という形で、ある時代までは機能してきたのです。

『「天才」は学校で育たない』(汐見稔幸著・ポプラ新書刊)

今、日本の学校はどこまで機能しているでしょうか。

○×式で正解を求めていくことで、その分野で秀でた力を持った人材は見出すことができたかもしれませんが、まだ答えが見つかっていない問題、答えを自分たちでつくるしかない問題、みんなの意見を上手に束ねることが必要な問題に、答えられる力はどうでしょう。

世の中にないものを提案する力、しかも5年たったら大きく変化していくであろうこの時代のなかで、新たな提案をする力は、残念ながら従来の教育システムではまかないきれなくなっているのです。

 

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汐見稔幸(しおみ・としゆき)
白梅学園大学学長、東京大学名誉教授。1947年、大阪府生まれ。東京大学教育学部卒、同大学院博士課程修了。専門は教育学、教育人間学、育児学。育児や保育を総合的な人間学と位置づけ、その総合化=学問化を自らの使命と考えている。主な著書に『小学生 生きる力を育てる』『本当は怖い小学一年生』など多数。近著に『「天才」は学校で育たない』(ポプラ新書)がある。

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(白梅学園大学前学長、東京大学名誉教授 汐見 稔幸)

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