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イスラエルに急接近する中国経済界の思惑

プレジデントオンライン / 2017年11月28日 9時15分

エルサレム旧市街と黄金に輝く岩のドーム

「イノベーション立国」としてのイスラエルに世界が注目している。もちろん日本からも熱い視線が注がれているが、そのはるか先をいくのが中国だ。昨年、日本からの対イスラエル投資は222億円だったが、中国からの投資は2兆円規模に達する勢いだった。中国がケタ違いの投資を進める理由とは――。

■米国NASDAQの国別上場企業数は世界2位

最近、日本でイスラエル関連のビジネスニュースが熱いことはご存じだろうか? 今年5月には経産省とイスラエル国経済産業省の間で日イスラエルイノベーションパートナーシップの立ち上げが決定され、サイバーセキュリティ分野や産業R&Dでの相互協力がうたわれはじめた。

今月の動きだけでも、11月2日には三菱UFJキャピタルが同国のベンチャーキャピタル(VC)「ヴィオラ・ベンチャーズ」の投資ファンドに500万ドル(約5億7000万円)の出資を発表したほか、同13日には田辺三菱製薬がイスラエルの医療ベンチャー「ニューロダーム」をおよそ1200億円で買収したことが明らかになった。さらに11月末にはイスラエル大使館や同国革新庁が後援するビジネスサミットが、DMMをスポンサーとして六本木で開かれる予定である。

日本側の熱視線の理由は、国民一人あたりの起業率・VC投資額・R&D費(対GDP比)・特許数などが世界でトップクラスにある、近年のイスラエルのイノベーション立国ぶりが高く評価されているためだ。かつてはテロや紛争のイメージも強かった国だが、イスラエルは小国ゆえにイノベーション分野での生き残りを国策として進めており、近年は特にIT・医療・農業などの分野でユニークなアイデアが注目されている。米国NASDAQへの国別上場企業数も、外国企業としてはイスラエルが2番目である。

■中国の対イスラエル投資額は2兆円規模に

失敗を恐れずフロンティア精神の強いユダヤ人の気質や、アメリカとの政治・経済上の密接な関係と高い英語力、世界に広がるユダヤ・ネットワークなど、近年のイスラエルのイノベーションを支える要因は数多い。軍のハイテクエリート部隊であるタルピオットや8200部隊に勤務した元サイバー兵士が、除隊後に兵役時の知識や人脈を活かして起業する例も多々見られる。

日本銀行の「国際収支統計」によると、2016年の日本の対イスラエル投資額は222億円に達し、15年の52億円から4倍以上という大幅な伸びを見せた。だが、実は日本企業の動きは遅きに失した感すらある。中国の投資はそれ以上の規模で増え続けているからだ。トムソン・ロイターの報道によると、2016年の中国企業の対イスラエル投資額は約1兆8000億円(165億ドル)で、前年から10倍以上に増えているという。

さらに今年になってからは、トランプ政権のもとで保護貿易主義や国防の観点から中国企業の米国企業買収に大きな制限が掛けられるようになったため、従来は米国に向いていた中国の投資マネーがよりいっそうイスラエルに流れ込むようになった。投資額のさらなる伸びが確実視されている。

本記事では、経済のみならず政治的にも結びつきを強めつつある両国の新たな関係を見ていくことにしよう。

■家電のハイアールがイノベーション拠点を設立

今年10月24日、日本でもおなじみの中国家電大手「ハイアール」が、イスラエルの企業家ネットワーク開発をおこなっているデータベース組織「スタートアップ・ネイション・セントラル」と協力して、テルアビブ市内にイノベーション拠点を設けることが報じられた。IoTやスマート家電の開発について、特に重点が置かれるという。

「イノベーション・センターの開設は『世界を実験室とする』というハイアールの戦略と完全に一致している」

「われわれとイスラエルのイノベーション領域における協力関係はすでに5年以上におよぶ。現在、われわれはイスラエルのハイテク・エコシステムにより深く関わっていくことを決定している。これは長期的な戦略的投資だ」

とは、ハイアール側のアドバンスド・イノベーション・センターのマネージャーが現地紙に対して出したコメントだ。ハイアールは中国企業のなかでもイスラエルへのアプローチが早く、2010年10月にイスラエルの飲料大手ストラウス・グループと、中国国内向けの飲料水や浄水器に関する合弁企業を設立。2015年にストラウス社はこの事業に新たに769万ドルを投資、今年6月にも再投資をおこなっており、もともとイスラエル側との親密な縁が存在した。

今年10月24日、テルアビブ市内で記念撮影をおこなう中国ハイアールとイスラエル側関係者。『タイムズ・オブ・イスラエル』より。

■香港の大富豪・李嘉誠の金銭的バックアップ

他の中国企業も負けてはいない。すでにテンセント・アリババ・バイドゥ・奇虎360・ファーウェイ・レノボ・oppoなど中国の名だたるIT企業やハイテクメーカーの数々が、イスラエルに研究開発拠点を設けたりVCへの投資をおこなったりしている。ほかにも金融大手の光大集団、保険大手の平安保険も大規模な対イスラエル投資をおこなっており、中国大手企業のイスラエル好きが目立つ。

他に特筆すべきは、スタートアップ好きの現地のニーズに合わせて、中国系インキュベーターのテックコードがテルアビブ市内に展開していることだ。これは現地の起業志向のユダヤ人の若者を「青田買い」し、場合によっては深センなどにも連れて行って、中国にとって欲しい技術を開発させることを目指した「ほぼ中国の国策」(社員談)というプロジェクトだという。

2016年2月、テルアビブ市内の中華料理店で取材に応じてくれたテックコード社の中国人スタッフとイスラエル人スタッフ。プロジェクトは拡大中だ。(筆者撮影)

さらに今年8月には香港の大富豪・李嘉誠の金銭的バックアップのもとで、理系分野で世界有数の研究開発力を持つテクニオン・イスラエル工科大学の分校が広東省の汕頭市で開校した。これもイノベーション分野での両国の結びつきを強めるための動きだ。

■「一帯一路」で観光客も急増中

中国とイスラエルの両国に国交が結ばれたのは1992年と、比較的遅い。かつて中国は反帝国主義の立場からアラブ各国に肩入れしてきたこともあり、従来の両国の関係はかなり希薄であった。だが、疎遠な関係が一変したのが、習近平政権が一帯一路政策(地政学的観点からユーラシアへの経済進出を図る中国の政策)を構想しはじめた2014年以降だ。

同年4月8日、習近平は訪中したイスラエルのシモン・ペレス大統領(当時。昨年9月死去)と人民大会堂で会談。ここから一気に、中国からイスラエルに向かう観光客の増加と、投資額や貿易額の急激な増大がはじまる。従来ほとんどいなかった観光客は毎年前年比数十%増の伸びを見せて、将来3年以内に年間20万人規模に達する見込み。2016年の投資額は165億ドル、貿易額も113.6億ドルまで増えている。

だが、懸念されるのは経済のみならず政治的な接近だ。上記の習-ペレス会談の際も、習近平は「中華民族とユダヤ民族は特に第二次大戦中、ともにファシズムと軍国主義に反対し、互いに助け合って深い友情を結んだ」と歴史問題における共通点を主張している。

■「ユダヤ人が中国において迫害を受けたことがない」

「イスラエルは中国に感謝している。ひとつは中国が第2次大戦期にユダヤ難民を受け入れてくれたから、ふたつにはユダヤ人が中国において迫害を受けたことがないからだ」

対してそう発言するのは、2012年から2016年まで駐中国大使を務め、両国の蜜月時代の成立に大いに一役買ったマタン・ヴィルナイである。彼は元イスラエル国防軍軍人で政界転身後にも国防畑を歩んできた大物政治家だ。

マタンは大使時代、習政権の一帯一路政策に積極的に支持を表明したり、中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)に創設メンバー国として参加するにあたって大いに協力したりと、非常に中国と親しい動きを見せてきた。

マタンは今年11月に初の著書を中国国内で刊行(なお、ヘブライ語や英語版はなく中国語翻訳版のみの刊行)し、それが中国の体制側メディアでも大々的に報じられていることから、中国国家にとっても非常に都合のいい親中派外国人としてみなされているようだ。

今年10月21日、CRIの党大会プロパガンダ映像に登場して中国をたたえるアミール・ギャル・オア。「中国政府友誼賞」も受賞している親中派の大物だ。

ほかにも今年10月の共産党大会の前には、イスラエルの著名投資家アミール・ギャル・オアが中国国際放送局(CRI)のプロパガンダ映像に登場して、中国政府を賛美。また11月には中国とイスラエルの合作のもとで制作された『メイド・イン・チャイナ』という全5回のドキュメンタリー映像が、イスラエル放送局(IBA)を通じて同国内で全国放送されている。

■パレスチナ問題には目をつむるように

こうした近年の両国の接近を背景として、今年4月にイスラエルは中国人労働者6000人の受け入れについて中国側の同意を得ることになった。従来、中国はパレスチナ問題においてイスラエルに対して批判的な立場で、パレスチナ自治区のユダヤ人入植地拡大に中国人労働者が利用されることを警戒して同様の決定をしばしば先送りしてきたのだが、イスラエルとの関係強化を通じて事実上は問題に目をつむるようになった形だ。

中国から見たイスラエルは、中国人がやや苦手とする「ゼロからイチ」、つまり無から有を生み出す革新的なイノベーションを売ってくれる、非常にありがたい相手。一方でイスラエルにとっても、地理的に遠く離れた中国は国防上の脅威になる相手ではないため何を売っても安心であり、とにかくカネをたくさん支払ってくれる上客として歓迎されている。

今年11月のトランプ大統領訪中を通じて、中国側はトランプ氏に習近平政権が主張する新型大国間関係(米中G2)の枠組みを認識させることに事実上成功した。従来、アメリカと特別な関係を持ち続けてきたイスラエルに対しても、経済を軸に非常に大きなプレゼンスを発揮しつつある。

イノベーションによって変わる世界と、中国によって変わる世界。ふたつの大きな変化のキーとなるイスラエルの動向は、今後も極めて重要だ。

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安田 峰俊(やすだ・みねとし)
ルポライター、多摩大学経営情報学部非常勤講師
1982年滋賀県生まれ。立命館大学文学部卒業後、広島大学大学院文学研究科修了。在学中、中国広東省の深セン大学に交換留学。一般企業勤務を経た後、著述業に。アジア、特に中華圏の社会・政治・文化事情について、雑誌記事や書籍の執筆を行っている。近著に鴻海の創業者・郭台銘(テリー・ゴウ)の評伝『野心 郭台銘伝』(プレジデント社)がある。

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(立命館大学人文科学研究所客員研究員 安田 峰俊)

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