トランプのアジア歴訪で安倍外交1人勝ち
プレジデントオンライン / 2017年11月29日 15時15分
■安倍政権の“筋書き”にトランプが乗っかった!
米トランプ大統領アジア歴訪の勝者がいるとすれば、トランプ大統領、中国の習近平国家主席、北朝鮮の金正恩氏でもなく、日本の安倍晋三首相だ。
ワシントンDCでは元来アジア太平洋地域への関心は低く、トランプ大統領の環太平洋パートナーシップ協定(TPP)撤退に象徴されるように同地域への積極的関与に及び腰の傾向がある。トランプ大統領を支える共和党関係者の伝統的な外交・安全保障上の関心順位は中東とロシアが高く、前任の民主党政権のオバマ大統領はアジア回帰を打ち出したが、実質的には手を抜いてきた経緯があり、米国の政治でメインテーマになることは少なかった。
トランプ政権内でもマシュー・ポッティンジャー国家安全保障会議(NSC)アジア上級部長、ウィリアム・ハガティ駐日大使、テリー・ブランスタド駐中大使などの東アジア地域に縁を持つ個別の人事はあったが、国務省・国防総省全体の戦略を描く要職は指名されてこなかった。これには共和党系のアジア太平洋地域に関する外交・安全保障上の専門家の多くが2016年大統領選挙期間中にヒラリー・クリントン氏への投票を促す反トランプ署名に関与したことによる政治的摩擦の存在がある。そのため、トランプ大統領によるアジア・太平洋地域、特に対中政策に関係する政治任用職の指名は最近までほぼ進展を見せてこなかった。
しかし、北朝鮮の浅慮な挑発行為は米国の関心をいやでも東アジア地域に引っ張り、特に北朝鮮問題に対しての協力を骨抜きにしてきた中国が米国の外交・安全保障上の脅威であることが認識されるようになってきた。その結果として、米国の対中強硬派の一部識者の間で強く主張されてきたサイバーセキュリティや知的財産権問題の範囲だけではなく、多くの米国政治関係者間で中国の国家戦略そのものへの脅威認識が急速に高まってきた。
それを背景にトランプ大統領は9月の国連演説で拉致問題を含める形で北朝鮮問題に強く言及し、アジア歴訪直前にアジア太平洋地域の安全保障を所掌する国防次官補に対中強硬派のランドール・シュライバー氏を指名。アジア歴訪中には西太平洋で空母3隻を使った軍事演習を実施して見せ、来日時には安倍首相との蜜月関係を演出した。アジア太平洋経済協力(APEC)首脳会議などでは「自由で開かれたインド太平洋戦略」という言葉を使い同地域への積極的な関与を表明した。日米豪印を中心とした外交・安全保障上の対中包囲網は安倍政権が従来主張してきた政策に符合するもので、この戦略はトランプ大統領独自のものというより、日本政府の筋書きにトランプ大統領が乗っかった可能性が高い。
一方、米中は約28兆円に及ぶ巨額の商業取引に関する発表をしたが、通商政策上の懸念に関する進展は見られない。その取引内容についてすらすでに合意していた内容が多く含まれるのではないかと米「ウォール・ストリート・ジャーナル」などから指摘されている。米中の巨額取引の公表は、実は両者の間に入りつつある深刻な亀裂を覆い隠す布のような役割となっている。
そんな中、今回のトランプ大統領のアジア歴訪で、日本政府はTPP11大筋合意に至ることによって、2国間交渉にこだわるトランプ大統領とアジア諸国への圧力を強める中国の両者に対する独自色を打ち出すことに成功した。TPP撤退はトランプ政権が打ち出した政策ではあるが、実際には共和党関係者からも撤退を疑問視する声が多い。TPPが目に見える形で進展することで米国経済に不利益をもたらすことが明らかになれば、トランプ政権が方針転換に動く可能性も否定できない。
現在のところ、トランプ大統領の言動は同氏が意図したものかどうかにかかわらず、米国にとって多くの政治資源を必要とする対中包囲網にまい進する安倍政権の筋書き通りに進んでいる。トランプ政権は歴代政権が積極的関与を避けてきた同地域の政治に引きずり込まれつつある。アジア太平洋地域の情勢はトランプ政権の外交・安全保障戦略の体制が整う前に勝負を仕掛けた安倍政権の1人勝ちの様相だ。
(早稲田大学招聘研究員 渡瀬 裕哉 写真=時事通信フォト)
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