LCC戦争を制したピーチの「物語」戦略
プレジデントオンライン / 2017年12月3日 11時15分
※本記事は、川上徹也『「コト消費」の噓』(角川新書)の第3章「『世界一美しい眼科』で、飛ぶようにモノが売れる理由」を再編集したものです。
■なぜ「ピーチ」は勝ち残れたのか?
あなたはLCC(格安航空会社)に乗ったことがあるでしょうか? 私は一度の往復だけですが乗ったことがあります。
その一度の体験が「ピーチ・アビエーション」(以下「ピーチ」)でした。
2012年、日本はLCC元年と呼ばれました。「ピーチ」「エアアジア・ジャパン(現バニラ・エア)」「ジェットスター・ジャパン」の和製LCC3社が相次いで運航を開始したからです。
それから5年たった現在、他の2社が苦しんでいるのを尻目に、「ピーチ」は好調でその企業価値を創業当初の7倍にしたと言われています。
その理由はなんでしょうか?
もちろん数多くの理由があるでしょう。
拠点が成田空港か関西空港かの違いも、使い勝手に差が出ている可能性も大きいです。
しかし私は以下の理由が非常に重要だったと考えます。
ピーチだけが「安さ」以外の部分で企業の「人格(キャラ)」を鮮明にした。
詳しく解説しましょう。
まず名前やコーポレートカラーが、今までの航空会社にない斬新なもので、それだけで「人格(キャラ)」は鮮明になっています。
またコンセプトをわかりやすい「空飛ぶ電車」という一言で言い表したこともそうです。
ちなみに「空飛ぶ電車」とは以下のようなことを言います。
・お客さんは駅の改札を通るように自身でチェックインする。
・定刻になるとお客さんを待たず無慈悲に出発する。
・新幹線のワゴンサービスのように飲食物は有料で提供する。
さらに関西空港が拠点の航空会社ということで、以下のように大阪色を前面に打ち出したことも「人格(キャラ)」を鮮明にしました。
・機内での食事にたこ焼きやお好み焼きなどを提供する。
・機内アナウンスに大阪弁を使う。
実際、私が搭乗したのは羽田発着で大阪とは関係ない便でしたが、行きも帰りもパイロットもCAも機内アナウンスの最後には「まいどおおきに!」という大阪弁での挨拶(あいさつ)を(ちょっとだけ恥ずかしそうに)していました。人によっては最初から最後までコテコテの大阪弁で喋(しゃべ)る乗務員もいるそうです。
大阪弁が嫌いな乗客の方も大勢いるでしょう。たこ焼きやお好み焼きは、かなりの匂いを発するので、常識的に言えば機内食には向いていません。どちらも当然反対意見もあったはずですが、それをおしのけても「人格(キャラ)」を鮮明にすることを選んでいるのです。
実際には、たこ焼きやお好み焼きの匂いに対する苦情はほとんどなく、一人が買うと匂いにつられて、まわりでも売れていくそうです。
■「アジアのかけ橋を目指す」という物語
ピーチの業績のよさの要因が、すべて企業としての「人格(キャラ)」を鮮明にしたことにあるなどと言うつもりはありません。またピーチの「人格(キャラ)」が嫌いという方も大勢いるでしょう。
ただ「人格(キャラ)」を鮮明にするということは、ある種のブランディングができているということです。
そもそも値段が高くても既存の航空会社を選ぶようなお客さんは、よほどの事情がない限りLCCには乗りません。だからその「人格(キャラ)」がみんなに好かれる必要はない。一部の人に強く好きになってもらうほうが重要なのです。
ピーチはその一部の人から強く好かれることに成功しています。
企業としての「人格(キャラ)」を鮮明にしたら、次は「未来のビジョン」を語りそこに向かっていく姿を示すことが重要になります。そうすることで「物語の主人公」になり、多くの人から応援してもらえる存在になれるからです。
実際、ピーチの自社サイトでは、代表取締役CEO井上慎一氏が、以下のようなビジョンを語っています。
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手頃な航空運賃で誰もが気軽に移動できるようになることで、人と人とが出会い、そこから生まれる感動や笑顔で溢(あふ)れる世界をつくることが私たちの夢です。日帰り海外旅行を楽しむ大学生。毎週関西から札幌に帰省する単身赴任のお父さん。台北から沖縄のヘアサロンに通う台湾の女の子。遠くに住む恋人に頻繁に会いに行く遠距離恋愛中のカップル。今では空飛ぶ電車の世界が実現し、日本のみならずアジアの空に大きな変化が生まれています。(中略)
日本初のLCCとして、その手頃な運賃が注目されたPeachですが、私たちは価格競争のステージから一足先に抜け出します。「価格競争から価値創造へ」をキーワードに、今まで通り手頃な運賃を維持しつつも、航空会社の枠に捉われることのない取り組みで独自の体験価値を高め、成長著しいアジアの需要を開拓していきます。
Peachは「アジアのかけ橋」という夢の実現に向け、今後も歩みを進めていきます。
これからのPeachの物語に、どうぞご期待ください。
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まず「人格(キャラ)」を鮮明にしたピーチは、今、「アジアのかけ橋に挑戦する」という物語の主人公になろうとしているのです。
■物語の主人公になってブランド化する
ピーチは物語の主人公になることで、「ストーリーブランディング」を目指していると言えるでしょう。
「ストーリーブランディング」とは、私が2008年から提唱している企業ブランディングの手法で、現時点でシンプルに定義すると以下のようになります。
「企業が新しい『物語の主人公』になって、その価値をわかりやすく発信することでファンを生み出しブランド化していく手法」
ではどうすれば、企業が物語の主人公になれるのでしょうか?
どこかの劇場のステージの上で、企業が「物語の主人公」を演じている姿を想像してみてください。それを客席からみているのが顧客であり見込み客です(範囲を広げると消費者全般だと言うこともできます)。
さらに重要な存在が、「物語の主人公」を演じる企業で働く従業員たちです。彼らは同じステージの上にいる共演者と位置づけることができるでしょう。共演者ではありますが、彼ら従業員も、主役である企業の様子を観察しています。
ステージの上で、主人公がじっとしている物語にワクワクするでしょうか? しませんよね?
物語が動き出すのは、主人公が動き出す時です。それにはまず「こんな新しい未来を作りたい」というビジョンを抱く必要があります。そしてそのビジョンを実現するために行動していくことで、初めて主人公は輝き始めるのです。
これと同じことを、企業がすれば、「物語の主人公」になることができます。
「未来のビジョンを掲げそれに向かって行動」すればいいのです。
こう書くと簡単そうですが、もちろんそれを実現するのはそう簡単ではありません。
まず「未来のビジョン」は何でもいいというわけではありません。単に儲(もう)けたいというような利己的なビジョンでは誰からも共感してもらえません。かと言って、キレイ事では嘘くさく思われますし、同業他社でも語ることができるビジョンでは心が動きません。
■重要なのは「過去から現在までのヒストリー」
また簡単に達成できるビジョンではワクワクしません。困難や障害があるほど物語は盛り上がります。その「困難な目標」に向かって、いろいろな障害を乗り越えていく姿を見せる必要があります。そうやって初めて、観客(顧客・見込み客・消費者)や共演者(従業員)は、主人公(企業)のファンになっていくのです。かといって実現不可能そうなビジョンでは相手にしてもらえません。
利己的でもなくキレイ事でもない。同業他社には言えない。簡単に達成できないかもだけど、絵空事ではない。この主人公なら、ひょっとしたら達成するかもしれないという絶妙なビジョンを掲げる必要があるのです。
その時、重要になってくるのが、その企業の「過去から現在までのヒストリー」です。その企業の創業時のドラマであり、その思いがどのように引き継がれてきたかの歴史であり、現在その会社に根付いている文化でもあります。
この「ヒストリー」は非常に重要です。私が企業のストーリーブランディングのお手伝いをする時も、周辺への取材や直接のヒアリングを重視します。
経営者にインタビューするのはもちろん、創業者のエピソードも詳しく教えてもらいます。店舗・工場・オフィスなども可能な限り見学させてもらいますし、社員の方にも話を聞くことも多いです。もちろん過去の広告やライバル企業との関係などもできる限り調べます。そのように分析していく中で、この会社を物語の主人公にするには、どのようなビジョンを掲げればいいかが徐々に固まってきます。
企業のヒストリーがうまく取り入れられていて初めて説得力のある「未来のビジョン」になるのです。逆に過去と未来がバラバラだと、取ってつけたようなビジョンになってしまい、観客(顧客・見込み客・消費者)や共演者(従業員)の共感を呼べません。
きちんと過去のヒストリーが組み込まれた未来のビジョンは、実現されそうな気がして臨場感のある物語になります。
さらに理想を言うと、そのビジョンにより紡ぎだされる「物語」が今までにないまったく「新しい世界観」を生み出すようなものであれば言うことがありません。たとえば「宮原眼科」や「誠品書店」(『「コト消費」の嘘』第三章にて紹介)のように。
ただしこれは実際にはかなり難しいです。小説や映画のようなフィクションであっても「新しい世界観」を持つような物語はなかなか生まれないように。
けれど、あくまで理想は理想として、まずはどんなものであっても「物語」を生み出すことが大切です。
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コピーライター。湘南ストーリーブランディング研究所代表。大阪大学人間科学部卒業後、大手広告会社勤務を経て独立。東京コピーライターズクラブ新人賞、フジサンケイグループ広告大賞制作者賞、広告電通賞、ACC賞など受賞歴多数。「物語で売る」という手法を体系化し「ストーリーブランディング」と名付けた第一人者としても知られる。著書に『物を売るバカ』『1行バカ売れ』『こだわりバカ』(いずれも角川新書)などがある。
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(コピーライター 川上 徹也)
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