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ソニーと村田製がスマホ時代でも強い理由

プレジデントオンライン / 2017年12月13日 9時15分

村田製作所が「CEATEC JAPAN 2017」で展示したロボット「チアリーディング部」。「倒れそうで倒れない」バランスと「ぶつかりそうでぶつからない」というチームワークがポイントだという。(写真=ロイター/アフロ)

グーグルやアップルが台頭すれば、日本の製造業はおしまいだ――。そんな悲観論もささやかれるが、東京大学大学院の藤本隆宏教授は「デジタル時代にも日本に勝機はある」という。代表例はソニーと村田製作所。どちらも強い「補完財」をもつことで、比較優位を保っている。藤本教授と経済ジャーナリストの安井孝之氏の「ものづくり対談」、最終回をお届けする――。(全5回)

■確かに「上空」は握られているが……

【安井】デジタル時代には、「上空」のICT盟主企業に制空権を握られても「地上」でしっかりものづくり企業として強みを生かす道もあると指摘されています。具体的にはどのような生き方でしょうか。

【藤本】日本の経営者層や管理者の多くは「21世紀はあらゆる業界がオープン・アーキテクチャ(開かれた設計思想)になり、グーグルやアップルやアマゾンのようなプラットフォーム盟主企業になるしか繁栄の道はない。しかしそれは今の日本企業には無理だ。ゆえに日本企業には繁栄はない」などと考えているようです。これはデジタル化を一面からしか見ていない過剰な悲観論です。

確かに、アメリカのプラットフォーム盟主企業がグローバル標準インターフェースの獲得、補完財企業群の追随、ネットワーク累積効果などにより信じがたいスピードで成長しているのは、それ自体がすごい産業現象であり、グーグルに学べ、アマゾンに学べという流れも当然です。しかしアメリカでも、プラットフォーム盟主企業になれるのはごく一部の企業であり、それ以外は、従来型の独立製品企業、あるいは上記のプラットフォームに乗っかる補完財企業、端末企業、その部品企業などです。

したがってほとんどの日本企業にとっては、一部の米国プラットフォーム盟主企業に「上空」の制空権はにぎられていることを前提に、いかにして強い独立製品企業、補完財企業、端末企業などになっていくかを考える方が、当面は現実的と思います。そう考えれば、実は上空は、全体として「オープン・アーキテクチャだ、プラットフォームだ」といっても、そのプラットフォームを構成する個々の補完財や端末やその部品は、それが高機能なものである限り、内部構造が「中インテグラル」(擦り合わせ型)のアーキテクチャになりやすい。ここに、チームワークの良い調整型の現場を持つ日本企業にとってのチャンスがあるわけです。

■世界一のシェアをもつ村田製作所のコンデンサー

【藤本】こうした調整集約型あるいは擦り合わせ型の製品分野では、設計の比較優位論、つまり貿易理論的にも、日本企業が比較優位を持ち得ますし、実際にも、そのような能力を持つ国内の優良現場では、今や仕事が来すぎて人が足りないという状況が多くなっています。近年の現場を見ないで「日本の製造業はおしまいだ」と今も言い続けている論者は、まずは、現場現物をしっかり見るべきでしょう。そして、米国のプラットフォーム盟主企業だけでなく、身近な日本の成功企業からも大いに学ぶべきでしょう。

たとえば、そのお手本のひとつは日本企業が依然として強いセラミックコンデンサー産業です。セラミックコンデンサーは電気を蓄えたり、放出したりする電子部品でほとんどの電子機器に使われる電子部品です。スマートフォン1台に数百個も使われます。その中のリーダー的存在である村田製作所は、卓越した技術力、自前の生産技術、すり合わせによる設計品質の高さ、高い品質管理能力といった伝統的な日本のものづくり企業の強みを持っています。世界シェアは30%を超えて世界一です。さらに、「03 06」「02 04」(それぞれ寸法=ミリ)というセラミックコンデンサーの事実上の業界標準を確立した企業でもあります。

【安井】アップルのiPhoneにも大量に入っているということですね。アップルがつくったプラットフォームになくてはならない部品として存在感を持ち、しかも他が追随できない生産能力を持ち続けているケースですね。

【藤本】1個1円以下の部品ですが、同社は年間1兆個以上を生産し、品質を作り込み、全数検査し、アップルなどスマホの盟主企業などに販売し、この事業で約20%の高収益をあげていると言われます。自社製のスマホのコンデンサーを内製したい韓国のサムスン電子は、大量の人材引き抜きで村田製作所の牙城を崩そうとしましたが、結局うまくいきませんでした。

このように、全体のプラットフォーム戦略は「上空」の米国盟主企業が主導しているとしても、その枠組みと整合的な「強い補完財」「強い端末」「強い部品」といったアーキテクチャ戦略を本社主導でしっかりとれれば、高収益が達成できるという証左です。むろんそのためには、現場においては、他者がまねできないクローズドな生産技術、ノウハウが必要です。このような「能力構築を続ける強い現場」と「アーキテクチャ戦略を間違えない強い本社」が両輪で回れば、プラットフォーム盟主企業が君臨するデジタル産業でも、日本の企業や現場が活躍するチャンスはまだまだあります。

■ソニーの稼ぎ頭は「CMOSセンサー」

【安井】他にも同じような例はありますか?

東京大学大学院の藤本隆宏教授

【藤本】最近、突然、史上最高益を計上し、復調してきたソニーの稼ぎ頭である「CMOSセンサー」(画像処理をつかさどる半導体)も同様の好例でしょう。最近私が会った米国人らがスマホやデジタルカメラを買うときに、良い写真を撮りたいということで気にしているのが「CMOSはソニー製か?」という点でした。スマホというオープンな製品群ですが、その中の部品の内部はとてもクローズドでインテグラルな「強い補完財」です。

他にもこうした戦略で戦う優良な中小・中堅製造業が数多く存在しています。実際、優良な国内現場を抱える企業は、中小企業でも中堅企業でも大企業でも、「仕事が来すぎて間に合わない」という悩みを抱えているところが多いことに驚かされます。現場は付加価値の流れる場所であり、よって、潮目の変化は、たとえば東京で新聞を読んでいる本社の人間よりもはるかに早くに察知されているのかもしれないのです。

【安井】このシリーズの4回目で詳しくうかがいましたが、ICT盟主企業が「上空」の制空権を持つのは仕方ないとしても、「低空」でそれなりに存在感を持つには「強い補完財」企業として生き残るということだと思います。だとすれば日本の製造業が今後、どのような分野にどのような戦いを挑むかという戦略づくりを間違えてはいけないですね。

【藤本】私は、製品がクローズドであっても、プラットフォームがオープンであっても、それに関わるものづくり現場は、地道な能力構築で勝機をつかむしかないと考えています。でもこれは企業が成功し、現場が浮かばれるための「必要条件」にすぎません。「必要十分条件」になるには本社の的確な戦略遂行、とくに正しい「アーキテクチャ戦略」の選択がなくてはなりません。

■進めるべきは「現場指向のグローバル戦略」

【安井】これまで「本社」は急激な円高などでは、工場の海外シフトを加速させ、国内の「良い現場」まで閉鎖するような判断ミスを犯しましたが、今後、そのような戦略ミスを減らすにはどうしたらいいのでしょうか。

東京大学大学院の藤本隆宏教授(左)と安井孝之氏(右)

【藤本】常々私は日本の「本社」が進めるべきは「現場指向のグローバル戦略」だと主張しています。単純な海外移転でも国内回帰でもなく、国内拠点・海外拠点の同時強化を進める、長期全体最適のグローバル戦略です。本社には現場と世界市場を長期視点でみる能力が問われます。つまり「強い現場」、例えば新興国工場を指導しながら自分も現役工場として競争力を破棄する「戦うマザー工場」と、そうした強い現場のネットワークを活用しきる「強い本社」が連携しなければならないのですが、そのためには、現場と本社の双方が、人材育成、つまり「ひとづくり」を強化しなければなりません。

【安井】どのように人材を育成すればいいのでしょうか。

【藤本】たとえば私のいる大学に関して言えば、現場の能力構築については2005年から東京大学ものづくり経営研究センター(MMRC)が「ものづくりインストラクター養成スクール」を開講し、毎年、企業や自治体から派遣される10人前後の現役、シニアの現場技術者に対し、現場改善の手法を座学と実習で教え、それぞれの現場で指導者として活躍できる人材を養成しています。その数は13年で約150人に達しました。また、この「東大スクール」と連携した全国14地域の「地域スクール」、さらには、私が代表理事を務める「ものづくり改善ネットワーク」が開く個人参加の「ものづくりシニア塾」でも、現場の指導員を育てています。

■50歳前に社長にするというイメージを

【安井】現場の愚直な能力構築に必要な人材育成とともに、「強い本社」をつくるにはどうすればいいのでしょうか。

【藤本】日本ではイチから事業を起こす起業家が少ないことも課題ですが、大企業の中で新しい事業を創り出す「社内イノベーター」が少ないことも問題です。ここでは「強い本社」になるために必要な社内イノベーターづくりについてお話します。社内イノベーターに必要なのは、ある種の「プロデューサー」機能です。社内外にある既存の経営資源を活用し、その組み合わせで新たな価値をつくっていくリーダーです。その資質としては、すでにあるものの潜在価値を見極める鑑識眼、社内外の遠隔なものも結びつける広域ネットワーク力、これまでにない結合で新しい価値が生まれることに気づく想像力などです。

【安井】社内の単なる専門家では務まらないし、ネットワークがあっても技術の中身や現場を知っていないと務まりませんね。なかなか高度な能力を持った人材でないといけませんね。

【藤本】社内の政治力学も理解しなければいけません。年次、横並びで昇進、昇格する人事制度では育ちにくいでしょう。経営陣が見込んで選抜した少数の人材に修羅場を経験させる。一人で途上国の拠点をつくってこい、新事業の海外販路を自力で開拓せよ、といった厳しい課題を与え、克服するという経験を繰り返させて、最後は会社全体の難事業をまかせる、という「ファストトラック」で育てる必要があるでしょう。30歳で課長、40歳で役員、場合によっては50歳前に社長にするというイメージです。

■「ファストトラック型」の学生を育てよ

【藤本】一方、東京大学大学院でも2017年度から「社内イノベーター・コース」を開講しました。グローバル企業で社内イノベーターを指向するタイプの学生に対し、基本的な教育をするのが目的です。そのカリキュラムは、3つの「上空の能力」と3つの「地上の能力」に分け、大きく6分野で若手に力をつけさせる教育プログラムを、東京大学マネジメント専攻修士課程の教育の一環として始めています。すなわち、技術リテラシー、知財・標準化・アーキテクチャ戦略、会計・ファイナンス知識、組織ポリティクス、ものづくり現場の組織能力論、ICTリテラシーを教育します。大企業が従来大学に求めてきた「無難で優秀な学部卒業生」に加えて、それとは別のタイプの「ファストトラック型」の学生を育てるルートがあってもいいのではないでしょうか。

【安井】さらなる現場の能力構築と経営人材の育成が急務ですね。

【藤本】この20数年、「慎重なものづくり楽観論」を繰り返しお話しているうちに、「良い現場」はポスト冷戦期の苦闘の時代に比べれば悪材料が減っており、国内優良現場は、徐々にではありますが確実に浮上しています。そうした認識のもとに、製造業でも非製造業でも「良い現場」が増え、さらに強い現場と強い本社の連携が成り立てば、今より明るい日本経済を手にする可能性は決して少なくないと考えています。

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藤本 隆宏(ふじもと・たかひろ)
東京大学大学院経済学研究科教授。1955年生まれ。東京大学経済学部卒業。三菱総合研究所を経て、ハーバード大学ビジネススクール博士課程修了(D.B.A)。現在、東京大学大学院経済学研究科教授、東京大学ものづくり経営研究センター長。専攻は、技術管理論・生産管理論。著書に『現場から見上げる企業戦略論』(角川新書)などがある。
安井 孝之(やすい・たかゆき)
Gemba Lab代表、フリー記者、元朝日新聞編集委員。1957年生まれ。早稲田大学理工学部卒業、東京工業大学大学院修了。日経ビジネス記者を経て88年朝日新聞社に入社。東京経済部次長を経て、2005年編集委員。17年Gemba Lab株式会社を設立、フリー記者に。日本記者クラブ企画委員。著書に『これからの優良企業』(PHP研究所)などがある。

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(東京大学大学院経済学研究科教授 藤本 隆宏、Gemba Lab代表、経済ジャーナリスト 安井 孝之 写真=ロイター/アフロ)

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