"15の尾崎豊"状態の子供の正しい対処法3

プレジデントオンライン / 2018年1月14日 11時15分

写真=iStock.com/Antagain

思春期の子供は難しい。尾崎豊が『15の夜』で歌ったように、暴力衝動をもつ中高生は少なくない。子育て関連の相談を受けている鳥居りんこ氏は「思春期の子供に対してやってはいけないのは、正面から向き合うこと」と話す。わが子を「こじらせ」から救う3つのポイントとは――。

■尾崎豊『15の夜』のように荒れる思春期のわが子

筆者は子育て関連の相談を受けることが多いが、その中でも思春期の相談がダントツに多い。親にとって、子の思春期は幼少期以上に対応に苦慮するもので、その相談も深刻なものになりやすいのだ。しかし、何事も傾向と対策である。今回は彼らの生態を考察しながら、その対応策を探ってみよう。

思春期の子どもたちが不安定である理由は、2つある。

まず第1に、第二次性徴期特有のホルモンバランスの“乱れ”。言ってみれば、体が「おたまじゃくし」から「カエル」になりかけているような時期だ。

ホルモンの発生や働きは本人にはコントロールできない。それだけでもやっかいなのに、自分がおたまじゃくしでもカエルでもないグロテスクな姿形に映る。極めて容認しがたい状態に置かれる。それがストレスとなって心のイライラを大きくすると私は推察している。

▼親の常套句「もう○○なんだから」は逆効果

第2の理由は、中高生に対する「大人社会」の対応が今までとは違った厳しいものになることだ。ちょっと前まで「子ども」であったときに許されていたことが大目に見てはもらえない。「もう中学生なんだから!」などと親は激励とも叱責ともつかない言葉を発する。それに面食らうのだろう。

この親の常套句は、「もう受験生なんだから」「もう高校生なんだから」「もう就活でしょ?」「もういい加減、結婚しないと」「もうそろそろ赤ちゃんは?」といったわが国特有の「年齢で一律に区切っていく風土」が影響していると推察される。「もう~だから」で迫って来る強固なシステムに迎合できない子にはかなり生きにくい社会になるはずだ。

■なぜ親は「○○らしくしろ」と子に言ってしまうのか

子が大人へと急成長していくこの時期、多くの親も混乱状態となる。思春期の子が珍しく「大人」として振る舞えば「子どものくせに」と言うけれど、未熟なままでいると今度は逆に「子どもじゃないんだから!」と言うのはお決まりのことだが、それが彼らの不安定な体と心を一層揺らしてしまうことになるのだ。

子どもが「ほっといてくれ!」という態度を示したにもかかわらず、その直後に親に甘えてくることがある。子自身が「自立したい⇔庇護してほしい」の中で揺れ続ける状況に陥るのはしかたがないことだろう。だから、前述したような常套句や矛盾した言動を大人はしないよう注意したほうがいい。でないと余計にアンバランスな心理状況に追い込んでしまう。

▼親の「べき・ねば」理論に子は反発する

だが、そうであると親もうすうす感じているにもかかわらず、「らしくあれ」という強迫観念をあおるような言葉を不用意に投げ込んでしまって“炎上”することもしばしばだ。

「中学生らしく」「高校生らしく」「男らしく」「女らしく」。あるいは「普通でいろ」「ちゃんとした大人になるために」……。「らしく」も「普通」も「ちゃんとした」も、その定義を上手く答えられる大人はたぶんいない。それなのに、そのはっきりとわからないものに対して、大人は「こうあるべきだ」「こうあらねばならない」という「べき・ねば」理論の説教をしてしまうので、ますます子どもは反発し混乱してしまうのだ。

結局のところ、彼らの対抗手段は押し黙るか、反発するかの二択しか残されない。「思春期」はこうした悩ましい状況にあるのだということを、まずは大人が認識しなければならない。

その上で、思春期問題に悩む親御さんに次の3つを対策法としてお伝えしようと思う。

■「この子の心には『15の尾崎豊』がすんでいる」

●思春期の子どもに親ができること:その1
「壁に穴が開いたら、赤飯を炊け」
(四つに組まずに上手にいなせ)

思春期男子の母から寄せられる悩み事のひとつに、子どもが「蹴り」を入れて壁を壊したのだけれど、どうしたらいいだろうか、が挙げられる。

自宅の壁だけでなく風呂場のガラスドアなども破損されるケースが多いが、断言しよう。子育てしていれば大なり小なり「通る道」である。

私個人は日本の近代家屋の壁面の薄さが「貫通」を招く要因ではないかと勘ぐっているが、思春期の脚力(拳の場合もある)を甘く見てはいけない。彼らは前述した「カエルもどき」であるため、力の加減ができない。彼ら自身も思わぬ事故発生で、びっくりしている状態なのだ。

つまり、何かムカつくことがあり、当たる先に選ばれやすいのが壁ということで、壊した張本人には破壊の意図はないことのほうが多い。

▼子供が壁に穴を開けたら赤飯を炊こう

ここで親の出番である。赤飯を炊こう。「開通記念日」を祝おう。

なんなら、幼少時の「柱の傷の背比べ」を模倣するように、開通した穴の横に年月日を書いてもいい。「(蹴破れるほどの力が付くなんて)大きくなったね~」と笑い飛ばしてしまうのだ。

思春期の子どもに対峙する時の大事なポイントは「四つに組まない」ことにある。正面からぶつかるのではなく、子どもの想像の“圧倒的斜め上”を行くのだ。子どもは壁を壊したことで怒られると身構えている。そこにまさかの「笑い」が降って来るので、“戦闘モード”が消滅しやすくなるのである。

こういう場面に遭遇したとき「家庭内暴力!?」と連想するのは早とちりだ。親としては「ああ、この子の心の中には『15の尾崎豊』がすんでいる」と思ったほうがいい。

いまは思春期の子どもを力ずくで押さえつけるよりも、危うさ・凶暴さを上手にいなすことを考えたほうが、結果的に親子関係がうまくいく。さまざまな相談事例を見て、私はそう思う。

■「高校辞めて、声優になる!」への正しい対処法

●思春期の子どもに親ができること:その2
「3日坊主は経験豊富と思え」
(芸人、声優、ゲーマーは通る道と心得よ)

これは高校生の親からよく聞く話である。子どもが突然、こんなことを言い出すそうだ。

「私、高校辞めて、声優になるから!」

類似の発言には「芸人になる」「プロゲーマーで生きる」「ダンサーになる」といったものもある。

突然、子どもからこういう宣言を受けて、頭の中に「?」マークが飛び交う親は多い。現実逃避の匂いがプンプンするゆえ、「まずは、中学生・高校生という本分をわきまえろ!」と一喝したくなるのだが、ここでお勧めしたいのは「急がば回れ」理論である。

ある中高一貫校の校長先生は「中高生は《なんちゃって》が多い」と言っていた。自分が何者かがよく分からずに模索している年代なので、頭の中で「これ!」と思い込むものができると、それに向かって一直線、他のことが一切、考えられないという状態にはまりやすいのだそうだ。

思春期にありがちな一種の熱病と言えるかもしれないが、その対策は阻止することではない。どういう問題であっても子自身が「納得」しなければ、何も動かないのだ。

ひとまず親は、子を容認してやり、その思考が「本物」かどうかを本人に見極めさせる時間を渡さなければいけないと思う。

▼「3日坊主でも、やらないよりはよほど良い」

「声優になりたい」という希望があるとき、その厳しさを親の想像だけで説いてはいけない。そうではなく、声優学校に見学に行くなり、講師の話を聞かせてもらうなり、現実問題としてどういう職業で、どういう成り立ちであるのかということを本人に調べさせる。そのために「行動せよ」と助言するのだ。その結果、子ども自身が理想と現実の折り合いを付けられるようになる。

まさに急がば回れなのだ。子の気持ちが「本物」なのか「なんちゃって」なのかは、本人が本気で体感していく中でしか気付きは得られない。

「本物」であれば、親は子どもの人生を応援するしか道はないが、もし「なんちゃって」であったとしても、私はこう思っている。

「3日坊主は経験豊富。やらないよりはよほど良い」

人生はいろんな匂いをかいだほうが満ちるのだ。無駄なことはひとつもない。

■「別に」「普通」「微妙」しか話さない子の対処法

●思春期の子どもに親ができること:その3
「翻訳デバイスをわが身に搭載せよ」
(売り言葉に買い言葉は無駄な努力)

思春期の子は誰でも「3語星人」である。親との会話は「別に」「普通」「微妙」の3文字で乗り切ろうとする。

3文字なら良いほうで1音も発語しないために、親が“お察し申し上げる”しかコミュニケーションが取れない場合もたくさんある。相手が親の場合のみ「省エネモード」にスイッチが入るので、親が省エネ回避を訴えるとその配線がショートしてしまうのだ。

つまり、こうなる。

「死ね!」「消えろ!」「ウザい!」「ムカつく!」「クソばばあ!」

▼「死ね!」「消えろ!」「ウザい!」のウラの心の叫び

これは全てほぼ以下の意味が込められている。

「はいはいはい、いろいろと心配してくれているようですが、親の言動すべてが支配にしか感じられませんので、会話する気も起きません。もっとも、自分自身も何にイラついて、何にムカついて、どうしたいのか、どうすればいいかなんて皆目、見当がつきませんから、意見なんて発表できません。よって、とりあえずほっといてください」

親はこうした翻訳機能を身につけて「静観」するに限るのだ。思春期対策は「聞く、見守る、線を引く」という3カ条に尽きる。

親は普段は見守る姿勢を示し、わが子がチャクラ(エネルギーの集結部)を開いた瞬間(=親と話そうかなって思った瞬間)を見逃さず、傾聴する。口を閉じ、耳だけ開く。この姿勢に徹し、「ここまではOK」という、人としてやっていいこと悪いことのラインを毅然と示すことができれば、子どもはこじらすことなく思春期を通過していくだろう。

(エッセイスト、教育・子育てアドバイザー、受験カウンセラー、介護アドバイザー 鳥居 りんこ 写真=iStock.com)

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