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練習時間が短くても強い"東大選手"の秘密

プレジデントオンライン / 2018年2月1日 9時15分

東大3年の近藤秀一選手。東大生13年ぶりとなる箱根駅伝の出場が期待されたが、インフルエンザで出場はならなかった。

スポーツと学業の両立は難しいのか。長い練習時間をとれば、どうしても学業は疎かになる。だが学業にかける時間で、効率的な練習を「研究」できれば、長時間の練習は必要ない。今年の箱根駅伝に出場予定だった東京大学の近藤秀一選手が挑む「文武一道」とは――。

■2月の東京マラソンが直近のターゲット

近藤秀一は、今年の箱根駅伝に、東大生として13年ぶりに出場する予定だった。だが、年末にインフルエンザを発症し、その機会を逃した。出場予定だったチームは東京大学ではなく、合同チームの「関東学生連合」。近藤は、昨年と一昨年の大会では関東学生連合の最終選考に残っており、出場まであと一歩だった。

箱根駅伝閉幕から約10日後、体調も回復した近藤は東大駒場キャンパス内のトラックでポイント練習を行っていた。トレーニング終了後、10日前を思い出して苦笑しながら言った。

「今は9割ぐらいの体調まで戻っています。来年の箱根では学生連合がどんな扱いになるか分からないので、当面はマラソンを意識したいと考えています」

近藤は2019年に開催される東京五輪のマラソン代表選考レース『マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)』の出場権獲得を狙っているため、MGCが指定するレースで所定の実績を残すことを目標に置いている。「現実的な目標を定めていきたい」という近藤にとっては、2月に開催される東京マラソンが直近のターゲットだ。「東大で箱根」という目標を捨てたわけではないが、2つの目標は地続きでもある。

■制約からこそ生まれる変化

理系学部に在籍する近藤には実験などの実技授業が頻繁にあり、トレーニングも臨機応変に変更しなくてはならない。時間的制約の中で他校のランナーに比肩するために、ベストな選択肢は何か。答えは身近にあった。

東大陸上部のコーチを務める竹井尚也氏は、高校時代に100m走で国体3位の実績を残した後、一般入試で早稲田大に進学し競走部に在籍。卒業後は東大大学院に進み、現在は博士課程で身体運動科学分野の研究室に所属している。主に運動時のエネルギー代謝に関する研究を行っており、そこで得た知見を選手指導にも活用している。

近藤は大学2年の春から、竹井氏と二人三脚で科学的根拠に基づいたトレーニングを行っている。長距離トレーニングでは“走行距離を積む”ということが常識になっているが、その常識を疑い「量より質」を重視。その上で、科学的数値を測定しながらメニューを最適化させていくことにより、効率的にトレーニングを行っている。このような手法をとる竹井氏には、研究者としての探究心の他にもうひとつの思いがある。

「上手く練習の強度を高めながら走行距離を少なくして、学業に費やす時間も確保していこうというのが基本的な考えです。学生スポーツでは、卒業と同時に競技を終える人も多いので、もう少しトレーニングボリュームを減らして他の活動ができる時間を持てれば、競技を終えても活躍できる人間になりうるのではないか、と」(竹井氏)

時間的制約のために、必要に迫られて効率化の道を模索していた近藤だが、軌を一にする竹井氏とのマッチアップにより、制約をクリアしながら着実に競技レベルを向上、安定させてきた。

「強豪校は練習に時間が取れますし、ボリュームを追求する方法で結果も出しているので、それが間違っているわけではありません。ただ、竹井さんのアドバイスがあってここまで力を付けられたという思いがあるので『こういうやり方もある』という選択肢を示すことで、非強豪校の選手の可能性を広げたい。自分自身が強くなりたいという気持ちの先にあるその思いが、モチベーションにもなっていますね」(近藤)

■文武両道の新たな解釈とは

近藤は、明確な競技観を持っている。昨年末、東大で開催されたシンポジウムに、宮台康平(硬式野球部、北海道日本ハムファイターズ入団予定)と共に出席した際に、こう話していた。

17年10月、箱根駅伝予選会で力走す近藤秀一選手。

「“文武両道”という言葉がありますが、私は学業とスポーツの間に壁を作らないようにしています。1つの物事の真理を追究していく点では共通していますから、双方の両立で苦労するという感覚はありません」

この発言の背景を、近藤に直接聞くと、「好きなものが2つあれば、それをどうやって結びつけられるかな、と考えることが大事な気がします」と説明してくれた。

「陸上は個人競技で、自律しなくてはいけない場面が多いので、その点で勉強と親和性があったのかもしれません。取り組む対象は違っても同じスタンスで受験に臨んだら上手くいったというのが正直なところです。大学に入る前は、目標から逆算するという面で競技と受験勉強で重複があったので、陸上で培った能力がそのまま勉強に生かされたという感じです。それが大学に入ってからは陸上と勉強の切り替えをまったく意識しなくなりました。高校と大学で“文武両道”という言葉への向き合い方が変わってきている気がしますね」

「競技をやるにしても専門知識を仕入れて、自分の経験則を踏まえて発展させていくという点では、アカデミックな領域とそう変わんないのかなと思っています。自分の場合だったら生命科学とかを勉強する学科なので、それが競技におけるエネルギー代謝の知識と関わってきたり。何を突き詰めているのかといえば、結局、陸上競技を突き詰めているんですけど、いろいろな領域が混ざり合っている感覚ですね」

“文”と“武”の境界が薄れる。この点について、東大で運動部への寄付事業を担当する東京大学・渉外本部シニアディレクターの石岡吉泰氏もこう主張する。

「私は最近“文武一道”という言葉をよく使っていまして。一緒の道ですよ、と。近藤選手も似た感覚なんじゃないかと思うんです。竹井さんたちのサポートを受けながらコンディショニングをして、アカデミックな方向からも自分を高めようとしていますよね。一芸に秀でるものは全てに通じるという言葉もありますが、いかに汎化するかだと思う。『“文”が終わった、“武”をやろう』ではなくて、互いに関連しあっているイメージです」

■競技者兼研究者というスタイル

“文武一道”の行く末に、近藤は何を見ているのか。聞くとこんな答えが返ってきた。

「競技者としては長距離という種目を突き詰めたいです。ただ、やみくもに走って突き詰めた気にはなりたくない。競技者兼研究者のような感じですけど、積極的に情報を仕入れて、必要あれば自分の身体で実験をして、それを競技に落とし込んでいくことが、本当の意味で突き詰めたと言えるんじゃないかな、と」

コーチの竹井氏は言う。

「アメリカのカレッジスポーツ(NCAA=全米大学体育協会)では、学業の成績が悪いとスポーツができないシステムがある。日本の大学スポーツも今後そういう方向に進んでいくと思います。勉強も競技もやる。その結果、学生スポーツの価値自体も上がっていくと思うので、僕たちの取り組みが、その流れの一端になれたらいいかな、とは思います」

東大には今、スポーツ系の学部はないものの、全学的にスポーツに関連する研究者を集結させようという取り組みが始動している。『東京大学スポーツ先端科学研究拠点(UTSSI)』という名称で、2016年5月に設立された。異分野の研究者が集まり、学際的にスポーツ・健康科学研究の推進を図るというものだ。石岡氏はこう語る。

「研究のための研究ではなく、いかに社会実装していくかだと思うんです。2020年を1つの基点として研究者たちが協力し始めているそのタイミングに、近藤選手や宮台選手が出てきた。時代の流れを感じますね」

“文武両道”から“文武一道”へ。東大のスポーツ領域における動きは、学生スポーツの行く先を照射している。そして近藤は、長距離ランナーという枠組みを超えた1つのロールモデルとして、学生アスリートの選択肢を広げる役割も担いうるのかもしれない。

(文中一部敬称略)

(フリーライター 吉田 直人)

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