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Suicaは香港で先行したから成功できた

プレジデントオンライン / 2018年5月6日 11時15分

H.I.S.の「変なホテル」はロボットメーカーと組む。(時事通信フォト=写真)

■ダイソンは試作品を段ボールでつくる

新規事業は、成功よりも失敗するケースのほうが多いものです。なぜ失敗してしまうのでしょうか。そのカギを握るのが「プロトタイピング」です。

モノづくりにおいて、プロトタイピング、すなわち試作品づくりは不可欠なプロセスです。その目的は2つあります。1つは、実際に製品化できるのかどうか、実現性を確認すること。そしてもう1つは、製品のコンセプトが本当に魅力的かどうかを確認することです。例えば、掃除機で有名なダイソンでは、試作品を段ボールでつくり、コンセプトを磨いています。

こうしたプロトタイピングのプロセスは、モノづくりだけでなく、新たなサービスを始める際にも必要です。サービスは製品よりも想定外の要素が多く、1度始めるとやめることが難しいため、モノづくり以上に重要と言えますが、意外と疎かにされがちです。このことは、特にメーカーがサービスに参入する際のハードルになっています。

■スイカ導入の4年前に香港の鉄道が採用していた

例えば、ソニーが、非接触ICカード技術のフェリカ(FeliCa)を幕張地域のインテリジェントビルの社員証に用いたことがあります。入退室管理もできて便利なため、想定以上に複数のビルで採用されましたが、その結果、電波が干渉して誤作動が起きるようになってしまいました。これは、現場試験というプロトタイピングを十分行わずに撤退したケースと言えます。

そのフェリカが、プロトタイピングによって成功したケースがJR東日本のスイカ(Suica)です。スイカのサービス開始は2001年ですが、その4年前に、香港の鉄道でフェリカを採用したオクトパスカードが導入されました。このプロジェクトは、2つの点でスイカにとってのプロトタイピングになりました。1つは、JR東日本の複雑な路線網に導入する前に、路線や駅の数の少ない香港で実践できたこと。もう1つは、香港の顧客からの要望で、電子マネー機能を搭載したことです。この経験があったことで、スイカは最初から成功できたと言えます。

新たなビジネスモデルを導入する際も、プロトタイピングは欠かせません。ネスレ日本が12年に始めた「ネスカフェ アンバサダー」は、ネスレのアンバサダー(大使)となった顧客の職場にコーヒーマシンを無料で提供し、アンバサダーはボランティアで、専用カプセルに入ったコーヒーをネスレから仕入れ、職場で希望者に販売し、代金を回収し、ネスレに支払うという画期的なビジネスモデルです。このモデルを生み出すまでに、同社は1年以上をかけてプロトタイピングを行い、試行錯誤を繰り返しています。

■売り上げや利益が、すぐに出ないときは

今、日本のメーカーが苦戦しているのは、モノづくりだけでは競争力が保てなくなっているからです。そこで重要になるのが、モノとサービスとビジネスモデルを三位一体でつくり上げることです。そのためには、それぞれのプロトタイピングが重要であり、その次に事業化のプロトタイピングが必要になります。しかし、新規事業においては特にプロトタイピングが疎かにされがちです。事業を始めて、最初から売り上げや利益が出ないと、すぐに失敗と見なされてしまいます。

新規事業は、大抵、その企業にとって新たな領域へのチャレンジになりますから、わからないことが多いのは当然です。したがって、最初のフェーズは情報収集を目的としたプロトタイピングと位置づけるべきです。そうすれば、最初に痛い目に遭ったとしても、そこから多くの情報を得て、次のフェーズで修正していくことができます。

モノからサービス、ビジネスモデル、新規事業と、複雑度が高まるほど、プロトタイピングは疎かになりやすくなります。その理由は、考えるべき要素が多すぎるために、手に負えなくなり、考えることを諦めてしまうからです。

■プロトタイピングを分類して理解することが大切

新規事業は、外国語を学び始めてすぐにいきなり原文を読まされるようなものです。わからない単語があれば辞書で調べますが、辞書には複数の意味が載っており、どの意味を選ぶかは、他の単語との組み合わせによって決まります。しかし、最初はわからない単語ばかりなので、意味と意味の組み合わせが膨大になり、手に負えなくなってしまいます。これが、新規事業のプロトタイピングの難しさと言えます。

その難しさを乗り越えるためには、プロトタイピングを分類して理解することが大切です。プロトタイピングには、自ら計画して実施する狭義のプロトタイピング(タイプI「正統派」)のほかに、3タイプがあります、それらを組み合わせて行うことで、プロトタイピングを活用できるようになります。

■スティーブ・ジョブズは「七転び八起き型」

タイプII「七転び八起き型」は、自分自身の過去の体験を活用するプロトタイピングです。アップル創業者のスティーブ・ジョブズが、大学中退後に興味本位で学んだカリグラフィが、後にマッキントッシュのフォントに生かされたという有名なエピソードは、その典型的な例です。

逆に、辛い経験もプロトタイピングとして活用できます。質の高いサービスで他社の約2.5倍を売り上げる長野の中央タクシーは、創業者の宇都宮恒久会長が、父親が再建を手がけたタクシー会社での挫折をバネに、理想の会社を目指してつくり上げました。家電製品に参入して躍進しているアイリスオーヤマも、過去に経営環境の変化で倒産寸前まで追い込まれた経験が、「いかなる時代環境に於いても利益の出せる仕組みを確立する」という企業理念に反映されています。

タイプIII「創造的模倣戦略」は、他人・他社の失敗・成功体験から学ぶプロトタイピングです。中央タクシーの宇都宮会長は、会社を創業後、京都で成功しているMKタクシーに足繁く通い、同社の取り組みを参考にサービスの改善に取り組みました。ネスカフェアンバサダーも、ビジネスモデル検討の過程で、江崎グリコの“置き菓子”サービス「オフィスグリコ」を研究しています。JR東日本のスイカが、香港のオクトパスの成功を参考にしたのもこのタイプです。

■自社のインフラに他社のサービスを組み合わせる

タイプIV「ユーザー・パートナー参加型」は、ユーザーや補完・供給者を巻き込んで行うプロトタイピングです。ビジネスのサイクルが速くなっている中で、プロトタイピングの段階から他社と一緒に取り組むケースが増えてきています。

例えばハウステンボスは、ロボットが接客する「変なホテル」などで、ロボットメーカーと一緒にプロトタイピングを行っています。また、ネスレは、ソニーモバイルコミュニケーションズと組み、ネスカフェ アンバサダーなどによって普及したコーヒーマシンにネットワーク機能を組み合わせてIoTサービスの提供を始めました。このように、自社(他社)のインフラに他社(自社)のサービスを組み合わせる方法は、新規事業を成功させるうえで有効なプロトタイピングと言えます。

プロトタイピングは、このように4つに分けることができますが、事業に成功しているケースを見ると、1つだけでなく、4つすべてを行っていることがわかります。自分の体験を生かし(タイプII)、他社の成功に学び(タイプIII)、他社の成功を自社に置き換えて計画し直す(タイプI)。その際に、他社を巻き込む(タイプIV)ことによって成功を加速させています。一般にプロトタイピングと言った場合、タイプIのみを考えがちですが、他の3つのタイプも合わせて考えることが、事業の成功への近道になります。

突き詰めれば、「人生はすべてプロトタイピング」と言えます。今は苦境にあっても、その経験はプロトタイピングとして、将来のビジネスにきっと生かせるはずです。

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宮永博史(みやなが・ひろし)
東京理科大学大学院イノベーション研究科技術経営(MOT)専攻教授
東京大学工学部卒業。MIT大学院修士課程修了。NTT、AT&T、SRI、デロイト トーマツ コンサルティングを経て2004年より現職。近著に『ダントツ企業─「超高収益」を生む、7つの物語』『世界一わかりやすいマーケティングの教科書』。

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(東京理科大学大学院イノベーション研究科技術経営(MOT)専攻教授 宮永 博史 構成=増田忠英 写真=時事通信フォト)

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