"リメンバー・ミー"とドラえもんの共通点
プレジデントオンライン / 2018年4月20日 9時15分
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■製作国:日本/配給:ディズニー/公開:2018年3月16日
■2018年4月7日~8日の観客動員数:第1位(興行通信社調べ)
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■ファミリー映画が「死」を描くという革新性
ピクサー・アニメーション・スタジオのCGアニメ『リメンバー・ミー』が公開3週目、4週目と続けて1位を獲得しました。公開初週は『ドラえもん のび太の宝島』(公開3週目)に阻まれて2位、同2週目は『ボス・ベイビー』(公開初週)に阻まれて、またも2位。3週目にしてようやく1位を獲得し、その勢いが4週目も続いた格好です。5週目の先週末は3位でしたが、依然として好調で、最終興収は40億円以上が見込まれています。
『リメンバー・ミー』の舞台はメキシコの町、サンタ・セシリア。年に1度、亡くなった先祖が家族に会いにやってくる“死者の日”に、ミュージシャンの夢を家族に反対された少年ミゲルが死者の国に赴く話です。そこには他界した先祖たちがガイコツの姿で暮らしており、ミゲルはひいひいじいちゃんに会うため奔走するのですが……。
そんな『リメンバー・ミー』のヒットには特筆すべき点があります。それは「死」というテーマを直接的に描いた物語であるということです。
同作は子供を主人公にしたファミリー向け作品です。しかし、多くの子供たち、あるいは相当数の大人たちにとって、「死」はある種の禁忌であり、事故や病気の先に待っている概念であるために「悲しい」「恐ろしい」といったマイナスの感情と不可分です。
実際、近年の日本のファミリー向けアニメで「死」をメインテーマとする作品は皆無です。それどころか、人間の死を直接的に描く作品すら、ほとんど見当たりません。一見して死を描いているようでも、死ぬのはモンスターやクリーチャー、人間型の異星人やロボットなど、巧妙に人間ではない存在に置き換えられています。
ところが、『リメンバー・ミー』はむしろ「死とは何か」「死んだらどうなるのか」を子供にも理解できるような物語に仕立て上げました。それに加えて、「先祖を大切にしなければならない理由」が胸にストンと落ちる巧妙な世界観を構築しています。本作を観た日本の子供たちは、「お盆」や「お墓参り」の意味、仏壇が存在する理由を、本作未見の下手な大人たちよりずっと深いレベルで納得できたことでしょう。
■あえて「ガイコツ」をメインキャラクターに
しかも、死者のキャラクターデザインをガイコツとした時点で、ピクサーはわざわざ高い課題を自らに課しました。感情表現が普通の人間の顔面に比べて格段に難しくなるからです。ガイコツは顔の筋肉や皮膚の色が存在しないため、眼窩(がんか)にはめ込まれている眼球や口の動き、全身の挙動やセリフの抑揚でしか感情を表現できません。将棋にたとえるなら「飛車角落ち」を自分から願い出たようなものです。
しかし本作を観て「今までのピクサー作品に比べて感情表現が乏しかった」という感想を持った人はいないでしょう。むしろ「これほどまでに感情表現が豊かなアニメは観たことがない!」と舌を巻いたはず。飛車角落ちなのに、その不利を感じさせない華麗な指し手で勝利をもぎ取ったのです。
想像してみてください。世界規模で何億ドルも稼がなければならない家族向け映画のビッグプロジェクトが立ち上がり、あなたがその会議に出席しているとします。そこで配られた企画書に「テーマは死」「登場人物の多くはガイコツ」と書かれていたら、思わず異議を唱えてしまわないでしょうか?
そのような定石外しを最高の形で作品へと結晶化し、しかも興行的な成功までしっかり達成してしまうのがピクサーの、ハリウッドの底力です。ハリウッドといえば「1セントたりとも損をしたくない冷徹なビジネスマンの集団」をイメージしてしまいますが、実は「誰もやったことのないことを俺たちがやろう」というチャレンジ精神やフロンティア精神は、まだまだ健在なのでしょう。
■「原作なし、キャラは未知」の完全新作のすごさ
もうひとつ、特筆すべき点があります。『リメンバー・ミー』は、『怪盗グルー』シリーズのミニオンのように既にキャラクターが世間に認知されているわけでも、『トイ・ストーリー』のように人気シリーズの続編というわけでもありません。もちろん原作もなし。この映画1本のためにキャラクターから世界観からストーリーまで、すべてが完全オリジナルの作品なのです。
それがどうしたという人は、下表を見てください、これは2017年の日本映画の興行収入上位10本ですが、原作をもたず、既存のIPに頼らず、続編でもない完全オリジナル作品は1本もありません。10本すべてが、「原作つき」「キャラクターが既存」「シリーズ続編」「リメイク」のいずれかに該当するのです。
1位 名探偵コナン から紅の恋歌(ラブレター)(68.9億円)
2位 映画ドラえもん のび太の南極カチコチ大冒険(44.3億円)
3位 銀魂(38.4億円)
4位 劇場版ポケットモンスター キミにきめた!(35.5億円)
5位 君の膵臓をたべたい(35.2億円)
6位 メアリと魔女の花(32.9億円)
7位 映画 妖怪ウォッチ 空飛ぶクジラとダブル世界の大冒険だニャン!(32.6億円)
8位 劇場版ソードアート・オンライン ―オーディナル・スケール―(25.2億円)
9位 忍びの国(25.1億円)
10位 22年目の告白 ―私が殺人犯です―(24.1億円)
※一般社団法人 映画製作者連盟の発表データより
もちろん、原作つきや続編だからといって作品の価値が下がるわけではありません。原作や前作に一定数のファンがついていれば集客が見込めるので「コケる」リスクは下がります。その上で作品がおもしろければ、何も問題はないからです。
この傾向は日本だけに限りません。「アベンジャーズ」などに代表されるアメコミ映画は、既にアメリカ国内で一定の知名度があるヒーローコミックを原作とし、徹底したシリーズ化によってビジネスを成立させていますし、ハリウッドは世界中の著作者から映画化権やリメイク権を買い集めています。日本の大ヒットアニメ『君の名は。』がハリウッドで実写映画化されることも、昨年9月に報じられました。
しかし、過去の遺産や確立している知名度に頼り続けるようなクリエイティブは、いずれ行き詰まります。有限の石油資源などと同じく、「いつかは尽きる」からです。それゆえ我々は、まだ石油が残っているうちに、新しいエネルギー資源を発見・採掘、あるいは開発しなければなりません。それは既存の石油を採掘する労力の何十倍、何百倍も大変ですが、誰かがやらなければならない。それを積極的にやっている殊勝な集団のひとつが、ピクサーなのです。
■日本には『ドラえもん』がある
では、日本にチャレンジ精神やフロンティア精神は存在しないのでしょうか? もちろん、そんなことはありません。良い例が「映画ドラえもん」シリーズです。
まず、2005年に行った声優とスタッフの総取っ換えです。多くのオールドファンの反発をものともせず、以後10年以上をかけて「新しいドラえもん」は完全にスタンダードとして定着しました。
2013年のオリジナル脚本作『のび太のひみつ道具博物館(ミュージアム)』は、映画ドラえもん史上初めて、事実上の主人公がいつもののび太ではなくドラえもんでした。
2014年にはCGアニメ『STAND BY MEドラえもん』を公開しています。それまで日本では、国産CGアニメで「メガヒット作」と呼べるものは1本もありませんでしたが、同作は83.8億円と文句なしのメガヒット。これはピクサーの『ファインディング・ドリー』(2016年/68.3億円)を上回り、同『モンスターズ・ユニバーシティ』(2013年/89.6億円)に迫る好成績でした。「国産CGアニメはヒットしない」という日本の興行ジンクスを打ち破ったのです。
2018年3月3日に公開された『のび太の宝島』では、映画脚本経験のない東宝のプロデューサー・川村元気氏に単独でオリジナル脚本を任せています。歴史ある国民的人気作の最新作を脚本未経験者に託すのは、十分にチャレンジャブルではないでしょうか。その『のび太の宝島』は、動員数ベースで「映画ドラえもん」シリーズ史上最高記録を4月8日に更新済みで、4月15日時点での累計興収は50億円に達しました。
■チャレンジを促すのは「あたたかい目」
もちろん、チャレンジには失敗がつきものです。ピクサーも連戦連勝というわけではありません。2016年公開のオリジナル作品『アーロと少年』の日本興収はたった17億円。2017年公開の「カーズ」シリーズ第3作『カーズ/クロスロード』も18億円にとどまっています。この2作は日本以外の国でも芳しい成績を残せませんでした。
しかし創作で大切なのは失敗しないことではなく、失敗してもチャレンジをやめないという精神ではないでしょうか。声優・スタッフをリニューアル後初めて製作した映画『のび太の恐竜2006』の劇中、恐竜の化石を無謀にも独力で発見しようとするのび太に対して、ドラえもんがこんなセリフを発しています。
「失敗してもいいさ! あたたかい目でみまもってやろう!」
こうしてドラえもんにあたたかく見守られたのび太は、見事に恐竜の卵を孵(かえ)しました。ビジネスの世界で野心的な起業家を支援する事業者をインキュベーター(incubator/孵化〈ふか〉器)と呼ぶのは、いかにもといったところ。日本の映画界でチャレンジ精神やフロンティア精神を育てるのは、ドラえもんのように優しく寛容な「あたたかい目」なのです。
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編集者/ライター
1974年、愛知県生まれ。キネマ旬報社でDVD業界誌編集長、書籍編集者を経て2013年よりフリーランス。著書に『ドラがたり のび太系男子と藤子・F・不二雄の時代』(PLANETS)、『セーラームーン世代の社会論』(すばる舎リンケージ)。編著に『ヤンキーマンガガイドブック』(DU BOOKS)、編集担当書籍に『押井言論 2012-2015』(押井守・著、サイゾー)など。
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(編集者/ライター 稲田 豊史)
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