安倍一強の原因は「無投票再選」にあった
プレジデントオンライン / 2018年8月16日 9時15分
■党員・党友の投票は重い意味がある
【塩田潮】9月に自民党総裁任期が満了し、総裁選が実施されます。安倍晋三首相と石破さんが正式に出馬を表明し、両者の一騎打ちとなりそうな情勢です。
【石破茂・元自民党幹事長】今回、無投票は絶対にあってはいけないと思っていました。3年前、安倍晋三首相以外に誰も立候補せず、無投票になりましたが、自民党にとってはよくなかったのではないかと思っています。私は閣僚、党3役のときは総裁選に出ないという考えで、当時、地方創生担当相だったので出馬せず、結果として無条件信任になった。その後、噴き出したいろいろな問題の底流に、あの無投票再選が影響したのでは、という思いがあります。今回は3役でも閣僚でもないので、自民党綱領の範囲内で政策や党の運営について考え方が違うのであれば、党員に対してそれを問う責務があると思っています。
【塩田】今回の総裁選は、1回目の投票で、党所属の国会議員405人(両院議長を除く)が各1票を持ち、党員・党友票(地方票)として割り振られた同数の405票との合計810票を争う。候補が2人の場合は勝者が当選、3人以上の場合、1位が過半数に届かなかったときは、国会議員票405票と都道府県代表(各1票)の47票の合計452票で決選投票を行うという仕組みです。安倍さんが石破さんを破った6年前の2009年の総裁選は、1回目が国会議員票198、党員・党友票300の争奪戦で、石破さんは圧勝したのに、国会議員票だけの決選投票で安倍さんに逆転負けしました。今回はどんな戦い方を。
【石破】一般党員と国会議員は、投票するときの尺度が違うところがあるだろうと思います。一般党員は誰に投票しても、自分が大臣や党役員になるわけではありません。ですが、国会議員はポストの問題があるし、あるいは選んだ総裁に思いを託すという気持ちもあるでしょう。私は政策と党の運営方針について自分の思うところを述べて支持を得たいと思っています。その点で評価を得たいというほかありませんね。
6年前、自民党は野党で、私は政調会長などで論戦の表舞台に立っていて、それだけ露出も多かった。その後政権を奪還し6年が過ぎて、長期政権を続ける安倍首相のイメージは6年前とは違うだろうと思っています。負のイメージもあるでしょうが、株高や企業の高収益を実現し、安定した支持率を維持している点など、ポジティブな評価のほうが多いだろうと思います。
6年前の総裁選で、国会議員票で負けたのは、私に対する国会議員のみなさんの警戒感が大きかったからではないかと思っています。ですが、「結局、国会議員だけで決めるのか」という地方の不満の声はその後も聞かれました。
この6年間、私は幹事長を2年、閣僚を2年務め、無役になって約2年です。幹事長時代も全国をよく回りましたが、主に選挙の応援で、数はこなしたものの、深く地元に関わったわけではなかった。ですから地方創生担当相を拝命し、自分はこんなにも日本を知らなかったのかという思いが強くあって、退任後も含めて6年間で300を超える市町村を回りました。地方創生はどういう考え方に基づく政策で、地域に何をお願いしたいのか、じっくり話をしてきたつもりです。選挙目的ではなく、人口急減社会、超高齢化社会を迎えた日本で、国民1人当たりの生産性を向上させるために地域が何をしなければいけないか、私なりに語ってきました。
それが総裁選にプラスになるかどうかは分かりません。ただ、日本って何だろうということについては、6年前よりもかなりクリアなイメージを持っているつもりです。それにどれだけ反応してくださるかは、やってみなければ分かりません。
【塩田】総裁選の行方については、安倍首相の陣営が細田(博之)派、麻生(太郎)派、二階(俊博)派の主流3派を固め、さらに岸田派を率いる岸田文雄政調会長が「不出馬・安倍支持」を表明。国会議員票では安倍首相が圧倒的に優位という見方が有力ですが、党員・党友票の行方は読み切れないようです。
【石破】党員・党友の投票には重い意味があると思っています。次の衆参選挙を考えると、広く国民全体の判断に近い党員・党友の選択が大きな意味を持つのでは、という思いはあります。かつて私は「政治の師」である田中角栄元首相から一対一で直接、2回、こんな言葉を聞いたことがあります。「大臣は、努力すればなれる。すごく努力すると、2~3回できる。ものすごく努力すると、党3役にもなれる。でも、総理大臣は努力したからといってなれるものではない」と。田中先生は「努力しないでなれる」と言ったわけではありません。「努力だけではなれない」と言った。そういうことだろうと思っています。
■安倍政治との違いは「対立より対話」「共感と納得」
【塩田】トップに立ったとき、どんな政治を目指す考えですか。安倍政権、安倍流政治との違いはどんな点ですか。
【石破】それは「対立より対話」です。安倍政権においてはともすれば、対立を際立たせ、対決姿勢を明確にするという傾向があります。衆参両院で与党が3分の2を持っているから、法案は通るし、予算も成立する。それも背景にあるでしょう。
私はそこには違和感を抱いています。32年間、国会議員として議席をいただき、閣僚も何度か経験する中で、私は野党の主張を丁寧に聞こうと努めてきました。野党議員も憲法に定められた全国民の代表者であることを忘れてはいけない。政府は無謬ではない。法案も予算も修正してこその議会という面があると思います。
小泉純一郎内閣で防衛庁長官を拝命したとき、社民党、共産党以外は全部賛成という形で、有事法制が通りました。イラク特措法もテロ特措法の延長も、野党は反対しましたが、国民の過半数の支持を得ました。これが私の原体験です。担当相として「石破さんの答弁はもういいです」と言われるくらい、国会で丁寧に説明し、街頭にも出て説明した。それが大事なことだと思っています。「対立よりも対話」「共感と納得」がキーワードです。
現在は 100年に1度の転換期です。経済成長の要素として人口と資本と技術力がありますが、このままいけば80年で人口が半分になる上、高齢化で医療費の増大も懸念される。そうすると、資本投下も今までと違う局面となります。高齢者の貯蓄も使われるようになるでしょう。「そのとき批判があっても、後世に評価されるならいいではないか」とよく言われますが、 100年に1度の大変化の時代で、後世に分かってもらえればいいというような悠長な話ではありません。今年の通常国会で成立した働き方改革関連法案やIR(統合型リゾート)推進法案にしても、法案は通りましたが、国民の理解が多く得られている状況ではない。私は1人でも多くの国民の理解の下に、法案や予算を成立させ、同時に多くの国民の下でそれが実行されることが、今の日本に必要なことと思っています。
【塩田】現在の日本は歴史的に見てどんな状況にあると認識していますか。これからの日本について、石破流の将来像とビジョン、そこに至るシナリオをどう描いていますか。
【石破】私は水月会(石破派)をつくったとき、「インディペンデントでサステナブルな国をつくりたい」と話しました。独立性のある持続可能な国家です。つまり、裏返せば、今の日本はインディペンデントでもサステナブルでもないのではないかということです。
一言で言えば、高度経済成長期、人口膨張期のモデルから脱却しなければなりません。大量生産・大量消費ではなく、少量・多品種・高付加価値にならなければいけない。それは円安や株高だけでは実現するものではないと思っています。
経済成長の要素として人口、資本、技術力があると言いましたが、人口は当面増えない状況下では、資本力、そして技術力がGDP(国内総生産)を向上させるカギとなります。労働者の一人当たり生産性を上げるには個々のスキルを上げるべきだが、現状の長時間労働はスキルアップにつながっていない。加えて、能力を上げる機会に恵まれない非正規労働者の割合が高止まりしています。これから先は、富める人だけ、富める地域だけが富むというやり方では日本経済全体のボトムアップにはつながらない。アンダー・クラス、インビジブル・ピープルと言われるような層にも光を当てなければ、決して経済は伸びません。一人ひとりの能力と生産性を高めるために、一人ひとりの労働者、国民をどれだけ大切にするかが経済の行方を左右すると思っています。
■やるべき改革の前提条件が整った。本番はこれから
【塩田】2度目の安倍政権のここまで5年半の経済政策をどう採点していますか。
【石破】アベノミクスの「第一の矢」「第二の矢」は期待通りの効果と成果を上げたと思います。円が安くなり、輸出企業が儲かり、企業は史上最高収益を計上しています。外国人投資家には日本の株はお買い得になって、株価も上がった。有効求人倍率も1を超えましたが、人口の多い団塊の世代が大幅にリタイアした影響なので、これはある意味当然ともいえるでしょう。
株価上昇、企業の最高収益、有効求人倍率のアップの三つの事実は、それの成果でもありますが、やるべき改革の前提条件が整ったというべきで、本番はこれからだと思っています。この前提をつくった政策も、どこまでも続けられるわけではない。そのことをよく認識をしなければいけないと思います。
【塩田】「第一の矢」の異次元の金融緩和については、出口論が議論になっています。
【石破】金融政策については日本銀行の専権事項ですから、いま私が論じるべきことではないでしょう。しかし異次元の金融緩和がどこまでも続くわけではありません。金融緩和と財政出動によってつくった踊り場的な状況、一服感があり、多少の余裕がある状況を最大限に生かして、構造改革を推し進め、民間と地方の生産性をいかに上げるか。そこに官民挙げて注力すべきだと思います。
むしろ政策目標とすべきは、潜在成長率の上昇です。急速な人口減少と高齢化の中でも、GDP(国内総生産)を増やすことはできるはずです。社会保障制度の維持のために消費税が果たす役割は大きいと思いますが、まずは国民の幸せを実現するような社会保障制度に設計し直すことが急務です。誰も幸せになっていないことで医療費や介護費が使われていないだろうか、その視点で制度全体を見直す必要があります。そして消費税率が上がっても、それを上回る経済の成長と賃金の上昇があれば、問題にはならない。税率のアップを可能にする経済状況をどうつくるかです。そうなって初めて、不安なく消費税の議論ができるようになると思います。
【塩田】消費税は安倍政権での2度の増税先送りの後、2019年10月から税率10%への引き上げが予定されていて、実施するかどうか、政府は遅くとも今年、決断しなければなりません。実施可能な経済状況にならなければ、今度も先送り、または中止となりますか。
【石破】経済状況から見て可能なら、私は10%に上げるべきだという考えです。今回、先送りをしたら、日本の財政に対する信頼がなくなるケースもあり得る。ですが、個人消費や地方の設備投資、社会保障改革の道筋を示さずに、10%に上げるのは、誰が政権を担っていても、やってはいけないことだと思います。
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衆議院議員・元自民党幹事長
1957(昭和32)年2月生まれ(61歳)。鳥取県八頭郡郡家町出身。父は建設事務次官、鳥取県知事、自治相などを歴任した石破二朗。鳥取大学付属中学、慶応義塾高、慶応義塾大学法学部法律学科を卒業し、三井銀行(現三井住友銀行)に入行したが、81年、父の死後に田中角栄元首相の強い薦めで政界進出を決意する。木曜クラブ(田中派)事務局勤務の後、86年の総選挙に鳥取全県区で初当選(以後、鳥取1区も含め連続11回当選)。93年に政治改革関連法案に賛成して自民党を離党し、改革の会、自由改革連合を経て新進党の結党に参加した。96年に離党し、97年に自民党に復党。2002年に小泉純一郎内閣で防衛庁長官、07年に福田康夫内閣で防衛相、09年に麻生太郎内閣で農水相を歴任した。09年、野党転落後の自民党の政調会長に。12年に安倍晋三総裁の下で幹事長となり、14年に安倍内閣で地方創生担当相に転じた。16年以後は無役。自民党総裁選は過去に2度、08年(5候補の5位)と12年(決選投票で惜敗)に出馬。自民党復党後は額賀(福志郎)派に所属したが、09年に離脱し、無派閥を経て、15年に石破派(水月会)を結成した。著書は『政策至上主義』(新潮新書)など多数。趣味は鉄道(乗り鉄)、戦前の軍艦マニア、プラモデル、こだわりカレーづくりなど多彩。若年層に隠れた根強い支持がある。
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(作家・評論家 塩田 潮 写真=時事通信フォト 撮影=尾崎三朗)
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